場所は、まだイレブンが日本であった頃に建築されたスタジアムだった。
租界に吸収合併され、手を入れられているが当時の図面も、最新の図面も手に入る。
メディア地区に近いその場所では、租界内陸部にあたるため、急襲とは言え発見はされるだろう。飛ぶナイトメア相手にどこまでやれるのか、ブレイズを使用することで相手にどれほどの精神的ダメージを与えられるのか、それが見物だった。
二週間の間に、ラクシャータはガヴェイン、紅蓮、ランスロット、ギャラハッド、そして藤堂らの駆る無頼五機にブレイズルミナスを取り付けていた。彼女の腕前は本物だ。任された事を完璧にこなす。
他の機体にも取り付けたかったところだが、さすがにそれは無理があった。
それら機体に騎乗する者達は仕様書を読み、ほぼぶっつけでブレイズルミナスを使用することとなる。余裕を持たせても構わなかったのだが、せっかくのタイミングが舞い込んで来てくれたのだ。逃す手はなかった。
そして、二週間が過ぎる。
前日、スザクとは肌を重ね合った。大きな決戦の前には常の行為になっていた。
お互いがお互いを枷とするために、忘れないために、命を諦めない為に、刻み込む。
出撃の直前、仮面を外させたルルーシュにキスをして、スザクは笑顔を浮かべた。傍にC.C.がいることも構わず、「僕の為に生きてね」と告げる。
もちろんだ、と返したが、後でKMFの中でC.C.からは視覚の暴力だと訴えられた。もっとも、その顔は笑っていたのだけれど。
神楽耶は最後まで一緒に前線に出たいと言っていたが、KMFを駆る能力もない彼女には無理があった。それに六家から預かる大事な身だ。本当は基地でおとなしくしておいて欲しかったところを、後詰めに回したのだからそれで我慢してもらうしかなかった。
静かに大きな息を、幾度か繰り返す。
さあ、戦争の始まりだ。
「諸君、待たせた。戦争を開始する」
おお! とざわめきの声が上がり、誰かひとりがゼロの名を呼んだ。それが広がり、ゼロコールとなってゆく。
「熱くなりすぎるな、だからと言って冷静にもなりすぎるな。確実に、自分達に役割をこなせ。諸君は部隊のトップの指示を必ず守って動いてくれ。逐次、私からも連絡を入れる事となる。まずは一番隊、見せてもらおうか」
「ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!」
「分かっている、やってみせよう、この戦争」
「頼もしいな、藤堂」
ゼロコールを背後に、不敵に藤堂は笑う。
「二番隊、三番隊は所定の位置に着き、私の指示を待て。陣形を崩すな」
「はい!」
四聖剣が良い返事をする。
「そして親衛隊。陸上からスタジアムを叩け。一般人への被害は最小限に留めるように」
各自、最良の返事をした。
今回の一番のネックは、そこにある。
式典は一般に向けられたものだ。一般人への被害を最小限に食い止め、尚かつ皇族を捕獲すること。デモンストレーションとしても役に立つが、やりすぎは危険だった。
「では各自、移動開始」
深夜0時を前に、動きはじめた。
新宿ゲットー内に潜伏するためだった。
作戦は動き始めた。
午前二時、新宿ゲットーのポイントへ到達する。KMFは廃墟となったビルの陰に各自隠し、かつて公園だったというその場所へ、司令部を構築する。簡単なプレハブだ。
そうと分からないよう、他の地域に建てられたものと同じような古くて汚い材料を用いた。
だが、内部は最新鋭の通信器機と神楽耶が滞在するための豪奢な一角を作る。
プレハブは二軒あった。もう一方にはKMFの交換部品が詰め込まれ、技術者が待機する。
ゲットーは目視出来る場所だった。
スタジアムはさすがに見えないが、戻るに十五分も掛からないだろう。
四番隊のみを後詰めの護衛に回し、時間を待った。
朝までの時間はそう長くなかった。
日が昇り、やがて午前十時を目前に控える。
「気を引き締めろ、一瞬たりとも緩めるな。相手はシュナイゼルの軍、気を緩めた瞬間に死が訪れると思え」
『了解!』
「出発!」
藤堂率いる一番隊が飛翔を開始した。空中で陣形を作り、そのままスタジアム方向へ向かう。それにゼロとC.C.の乗るガヴェインも付随した。
見下ろせる陸上では、租界の陸上道を無頼が走っている。
目立つ事この上ないな、と苦笑しながらも、そちらへ注意が向けばそれはそれで構わなかった。彼等も既に弱者ではなくなった。長い訓練期間を経て、歴戦の者達から教えを請い、一端の戦士として育っている。
それにブリタニアの租界と言うことが、まず重要だった。
シュナイゼル側も大きな戦闘にしにくいのだ。
一般人を巻き込む訳にはいかない。即時、緊急避難命令が出るだろうが、それが実施されるまで動ける筈がない。
そう読んでいる。
事実、地上を駆るKMFはまだ攻撃を受けていない。租界外縁からそろそろ内縁部に入ろうというのに、対抗機体はまだ出てこないのだ。
「今回こそは負けてもらいますよ、兄上」
チェスの駒を持って来ていた。黒のキング。自分にふさわしい駒だ。
くるりと手の中で回し、C.C.へ機体のコントロールを要請する。藤堂等を追い抜くのだ。
そのまま政庁へと先に向かう事とする。
その合間に、ハッキングした政庁のシステム内部を弄る。直前まで準備していたもので、後は最後の一押しをすればいいだけだった。政庁の防衛システムを一時的に遮断してしまうのだ。
ガヴェインの演算能力を持ってすれば、あっと言う間の出来事だった。
「よし、いけるぞ――藤堂、まもなく上空だ。迷わず向かえ」
『承知!』
飛行したKMFが降下をはじめる。
目的は皇族の捕縛だ。殺害は最後の手段。
そこで、ようやく敵KMFが出て来た。警備隊だろう。
案の定ブレイズルミナスを搭載している。だが、こちらにはヴァリスという大出力火器がある。
各個撃破して行き、パニックに陥ったスタジアムの開いた場所にそれぞれ一番隊は降下していった。
異常事態に対してのパターンが既に取られはじめている。政庁の防衛システムは動かないが、KMFが出撃してくる。飛ぶ、ブレイズルミナスを装備したKMFだ。
「二番隊、三番隊。陣形を崩さず飛翔」
指示を飛ばす。
その合間に、一番隊は警備隊を全滅させていく。
「藤堂、皇族の捕縛は出来そうか」
『多分大丈夫だろう、警備隊はほぼ全滅だ、後処理を今行っている』
「良かろう。では、後は任す。何か起きれば連絡を」
『承知した』
飛翔した二番隊、三番隊には陣形をキープする事を再度伝達する。
陸上を走って来ていた親衛隊にも飛行を命じる。
ちょうど二番隊、三番隊の合間、中央に位置する場所になる。自分のいる場所に近い。
「鶴翼の陣を敷く。中央には親衛隊。二番隊、三番隊は政庁を正面に各々左右に伸びろ」
心地良い返事と共に、ゆるやかな動きが始まる。
政庁からの軍はまもなく到着しそうだった。
「スタジアムの軍は全滅した。この軍を抑えれば圧倒的有利に立てる。皆、気を抜かず戦い抜いてくれ」
『了解!』
徐々に政庁からの軍勢が目視出来るようになってきた。
中には当然のようにイレギュラーな機体が存在している。
「ビスマルク、参加しているラウンズは何名だ」
『目視出来るだけで二機。今回出撃しているのはナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグの駆るトリスタンと、ナイト・オブ・シックスの駆るモルドレッドのようだ』
「モルドレッド……ヤバイな」
各ラウンズと、その所有する機体についてはルルーシュの頭に入っている。モルドレッドはただでさえ大出力のハドロン砲を四機設置したバカみたいな力押しの機体なのだ。だからと言って動きが愚鈍な訳ではない。駆るのはまだ十五の少女だと言うのだから、どれほどの実力の持ち主なのかと舌を巻く。
「モルドレッド――赤い機体は数で囲め。強力なハドロン砲を撃ってくる。私もそちらに参加するが、発射の気配を感じたら散開すること。まず一番に叩く事を考えろ」
『了解』
『トリスタンは私が片付けましょう』
ビスマルクからの通信が入る。
「いや、単独行動は無意味だ。親衛隊、まとめて掛かれ」
『了解!』
確実に陸上からシュナイゼルはこの様子を見ているだろう。そして指揮をしてくるに違いない。だがその前に捕縛されてくれれば、格段にこの戦闘はやりやすくなる。
藤堂らの動きに掛かっていた。
「藤堂! そちらはどうなっている」
『ユーフェミアとコーネリアを捕縛。シュナイゼルには逃げられています』
「見捨てたな、兄上……。よし、分かった。引き続き捜索に当たれ。指揮の為、通信出来る場所に逃げ込んだ可能性が高い。ポイント十三とポイント五十が怪しい。分散して当たってくれ」
『承知!』
スタジアムの放送システムと、マスコミ用のフロアだ。いずれにも通信手段が存在する。
「そこだけとは限らない。個人的に通信機を用いて指揮を行う可能性があることも忘れるな」
もう一部隊を回した方が良かっただろうか。
だが、余剰部隊など存在しない。この場は藤堂に任せるしかなかった。
「カレン、突出しすぎだ。もう少し下がれ」
『は、はい!』
陣形が崩れる。
そこで、左翼にて戦闘が始まった。モルドレッドがシュタルクハドロンを発射させたのだ。
大きく裂かれる陣形と、爆破の火球。それを避けたものがモルドレッドを包囲するように動く。
中央へはまっすぐにトリスタンが先陣を切って向かって来ていた。
「右翼、内側へ移動。左翼もモルドレッドと関わりのない部分は移動開始。包囲網を敷く」
簡単に過ぎる。
上手く鶴翼の陣にはまる敵機は、シュナイゼルの指揮を受けていないのだろうか。
それとも、受けて尚突っ切る理由……分断を狙っているのだろうか。
「中央、守りを固め突撃に備えろ。来るぞ。攻撃の準備開始。絶対に分断させず、現在の位置を守れ」
IFFコードがルルーシュの望む形に動きを変える。
「今だ」
一斉にヴァリスが敵機の塊に撃ち込まれた。
次々と起こる爆破と火球。だが相手も黙ってはいない。
こちらにも損害の報告が入り始める。
『三番隊、第三小隊ロスト』
『二番隊第二小隊、一部ロスト』
「ひるむな、立ち向かえ!」
ギャラハッドはあの巨大な剣を引き抜き、トリスタンと対峙していた。
どちらもスピードが目で追える速さではない。時々、通信の欠片が耳に飛び込んでくるが、裏切り者とトリスタンパイロットのジノが罵っているようだった。
「あれも欲しいな……いや、贅沢は禁物か」
あの速さは機体性能もあるが、操縦者の実力が者を言っている。さすがラウンズと言ったところだろう。周囲を固める他の敵機とは一線どころかいくつもの線を画していた。
だが、こちらも負けていない。
戦闘慣れしたカレンとスザクのふたりは一機ずつを確実に落としていく。当然のように無傷で。
ルルーシュも備え付けられたハドロン砲で十機単位で落として行く。ブレイズルミナスなど、こうなっては意味を為さない代物だった。
「ブレイズルミナスは強化させる必要があるな……」
「戦闘中に次の算段とは、随分余裕だな」
「お前こそ無駄口がたたけるとは、余裕じゃないか」
細かくKMFを操作しながらも、C.C.は背後に座るルルーシュの言葉を聞き逃してはいなかった。
彼女の実力は、今回で初めて知るがカレンらと劣るとは思えない程の実力だった。
もっとも攻撃の殆どをルルーシュが受け持っているからこそ、彼女は機体操縦だけに全精神を傾けられるのだ。
指先からスラッシュハーケンを発射し、またまとめて数機を落とす。
下にはスタジアムだ。一般人の被害も増えるだろう。だが、この場合の犠牲は仕方がない。
「ブレイズルミナスを出せ!」
C.C.の言葉に、反射的にルルーシュは動く。
腕に取り付けたブレイズで、C.C.は体当たりしてきた一機を落とした。
「気を緩めるなと言ってあった筈だぞ」
「混戦なんだ、気を抜いていた訳じゃない!」
鶴翼の陣は確かに完璧に機能していた。敵機の勢力を取り囲み、圧倒的な火力で殲滅を行えている。
「不気味だな……ここまで上手く行くと」
『ゼロ!』
地上の藤堂からの通信だった。
切迫した響きがある。
「どうした?!」
『シュナイゼルを発見――いや、逃げられる……!』
「どういう事だ」
問いの答えが来る前に、現実が見えた。
アヴァロンだった。
シュナイゼルは、地下にアヴァロンを隠していたのだ。
「しまった、来るぞ」
戦術など意味を持たなくなる。
アヴァロンは巨大な空中艦船ではあるが、同時に要塞でもあるのだ。
ルルーシュはひとつ息をのみ、全隊員に各個撃破と共にアヴァロンへの攻撃を命じた。
自分は、現場から移動した。
この場は親衛隊に任せても大丈夫だろう。
ならば、ハドロン砲の持つ自分がアヴァロンに対するのが一番効率が良かったのだ。
『ルルーシュ!』
「ゼロと呼べ」
スザクが名を呼んだ。無理をしようとしている――……分かっていたが、両肩のハドロン砲をアヴァロンへ向けて、ルルーシュは発射した。
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