巨大なブレイズルミナスな発現する。
ルルーシュの放ったハドロン砲は、綺麗に四散して消えて行った。
真正面に立つのは自分ひとり。いや、C.C.も含めてふたりきり。
援軍は望めない。来たところでガヴェイン以上の機体性能を持つ機体がない以上、意味がない。
状況は絶望的だった。
ひとつ幸いだった事は、アヴァロンにはハドロン砲が搭載されていないと言う事だ。こちらのブレイズルミナスで攻撃はかわす事が出来る。だが傷を負わせる事が出来なければ、無意味も同然だ。
アヴァロンが出てくるという想定も、確かにあった。だがそれは戦闘初期からのものであり、このような状態は想定外だ。包囲して撃破も現状では適わない。
再びコクピット目掛けてハドロン砲を撃ち込むが、結果は同じ事だった。
『無駄だよ、ゼロ。それにしても随分派手にしてくれたものだね』
オープンチャンネルが開かれた。鷹揚な口調は変わっていない。彼はまだ、自分の絶対的優位を確信しているのだ。それは悔しくあるけれども、ルルーシュもまた認めなくてはならなかった。
『ブレイズルミナスを搭載してくるとは思ってもみなかったけど、まだまだ君達には時期尚早なおもちゃだよ、それは』
そして、ミサイルが撃ち込まれる。
反射的にブレイズを出し、C.C.が腕でそれを庇った。しかしKMFとは違い格段の威力を持つミサイルは、直撃を避けたと言うのにガヴェインの機体バランスを崩す。
『これでも私はね、怒っているのだよ?』
「よく言う……」
今にも笑い出しそうな声で告げられた言葉に唾を吐きたくなった。
『私の可愛い将兵達を無駄に殺戮してくれたね――お返しをしなくてはならない』
「やめろ!」
C.C.に命じた。すぐさま陣を背後にすることを。
この大出力のミサイルを撃ち込まれれば、密集陣形になっている現状は全滅に近くなる。それはシュナイゼルの手駒さえも巻き込むのだが、そんなものに頓着する人間ではないだろう。
すぐさま数弾のミサイルが撃ち込まれる。
それを、C.C.は手際よくブレイズルミナスで弾いて行く。
『おや、随分いい動きをするようだ――私の手駒に欲しいくらいだよ』
「言ってろ……っ」
体勢を立て直し、IFFを確認する。ほぼ黒の騎士団のIFFで埋め尽くされていた。戦術的には勝利を収めつつあるらしい。
「撤退だ。黒の騎士団は現時点を持って戦闘を中断。撤退を命じる」
アヴァロンの出現には皆が気付いている。ほっとした者も多いだろう。逆に、勢い付いたシュナイゼルの軍勢にやられそうになっていた者はその隙を突かれ死を迎えた者もいる。
こちらはコーネリアとユーフェミアを手に入れた。ひとまずはそれでヨシとすべきだろう。
これを相手にするには、まだ黒の騎士団には荷が重すぎた。
撤退の順序も最初の指令に含まれている。順序だって、黒の騎士団は撤退を開始した。
『ゼロ、こいつはどうする』
ビスマルクからの回線だった。手にはトリスタンが掴まれている。勝利したのだろう、だが爆破もしていなければ、脱出艇を使われた訳でもなさそうだ。
「良くやった、ビスマルク。そいつは手みやげとしていただいていこう」
『そういう訳にはいかないのだがね』
「止める!」
C.C.が前に出る。アヴァロンからの攻撃は全て彼女が遮断していた。次はこうは行かないだろう。ブレイズルミナスの効かない装備を乗せてくるに違いない。
『ルルーシュ、君は?!』
「私は最後まで残る。アヴァロンを足止めしなければ、脱出も適わない」
『無茶だ! 僕も残る』
「お前に残られた方が自由が奪われる、指令通りに動け! ――……動いてくれ」
『………っ』
がん、と音がした。スザクの悔しさがハンドルを叩かせたのだろう。
『分かりました、ゼロ。撤退します』
ひどく低い声だった。決意した声だ。
自分達は戦争をしている。明日がないかもしれない日々を選んだ。
枷は持っているつもりだ――命を投げ出すつもりはない。
だから。
「信じて、待っていてくれ」
『わかりました』
そして、残るシュナイゼル軍を叩きながら、スザクも撤退して行く。
最終的に残ったのは、アヴァロンと残骸に近い敵機が数機、そしてガヴェインのみだった。
『さて、私たちふたりきりになったようだね』
「そのようですね」
C.C.の存在は、把握出来ていまい。こちらはひとりだと相手は思いこんでいる。
それをなんとか利用出来ないものかと思った。
戦術的には勝利した。だが、現状戦略的には敗北したも同然だ。ひっくり返すにはどうすればいい? 頭が猛スピードで回転する。玉砕など意味がない。ハドロン砲は効かない。なら、どうすれば。
「お招きはいただけないのですか?」
『また面白い事を言う。愉快な存在だね、君は』
ひとつだけ、方法があった。
C.C.を利用する方法だ。
「C.C.、お前、ゼロの扮装を持っているか」
「替えは積んであると言っていたぞ、ラクシャータが」
「そうか。なら、お前は着替えろ。アヴァロンに乗り込むぞ」
「何を言っている? 自ら捕虜になるつもりか」
「違う、作戦だ。この手しかもう残されていない」
「逃げる事だってこの際は作戦のひとつだ」
「ここまで勝利していて、戦略的に負けるなどと俺のプライドが許さない」
「そんなつまらないプライドなど捨ててしまえ! お前が生きていないと、私が困る」
「死にはしない。それは約束しよう」
強い視線で、C.C.は自分を見上げて来た。
ガヴェインに乗った時点でルルーシュも仮面は外している。その視線をまっすぐに受け止める。
やがて根負けしたのは、C.C.の方だった。
「見たら殺す」
「死んだら困るんじゃないのか?」
投げ与えたゼロの装束を、C.C.はパイロットスーツを脱ぎ、着用し始めた。もちろんルルーシュは後ろを向かされている。その状態でも通信は可能だ。
「お招きいただきたいのですが、シュナイゼル殿下。此度の謝罪を行いたいと思う」
『――本気で言っているのかね? 殺されるとは思わないのかね』
笑いながら、シュナイゼルが言う。それはそうだろう。着艦し、コクピットが開くと同時に一斉射撃を受ける事となるだろう。ゼロはデッドオアアライブでの指名犯だ。殺しても構わない。だが
――シュナイゼルは、殺さないだろう。
この知的ゲームが楽しめそうな相手を、そんな無粋な殺し方で終えさせる筈がない。
「思っていませんよ。貴方なら、歓迎してくださる筈だ」
『自身家だね。だが、そういうのは嫌いじゃない』
かつて、相対していた義兄のことだ。性格は熟知とまでは行かないが知ってはいた。
このような相手を無碍にはあしらわないことも。
「まさか、乗り込む気か?!」
着替えを終えたC.C.がルルーシュの肩を掴む。
「ああ、そのつもりだ。直截相対すれば、俺にはギアスがある」
「……そう上手く行くかな」
難しい作戦ではあった。だが、その手しか思いつけない。
自分に残された唯一の効果的な武器だった。
「お前がゼロとして乗り込め。C.C.ならそう簡単に死にはしないだろう」
「まあ、そうだな」
彼女は不老不死だ。弾丸をいくつ身に受けても死ぬ事はない。
彼女が全面に立ち、自分がシュナイゼルにギアスを掛ける。ちょうど、彼には聞きたい事もあったところだ。
自分はゼロの扮装を解く。顔を見られても、どうせその場で死んでもらう相手だ、構わない。
仮面とマントを取り、黒の騎士団の制服に着替える。
『では、お招きしようか。私としても貴殿にお会い出来るのは楽しみだよ』
そして、ハッチが一カ所開かれた。
予想通りの展開となった。
コクピットを明けるとそこには兵士が縦列している、などという無粋な真似は行われなかった。
ひとりの文官らしき人間が立っている。
「カノン・マルディーニです。ご案内いたします」
ちらり、とルルーシュの顔を見たが、ここで殺す訳にはいかなかった。黙って付き従う。
変成器を通せばC.C.の声もゼロの声となる。彼女の喋り方は、ゼロを真似なくとも尊大だ。まず中身が違うと考える事はないだろう。
そのまま、艦内を歩きだした。
ひたり、と背中に冷たい緊張が走る。本当にこの手で良かったのだろうかとの、今更ながらの後悔だ。そんなものをしたことはなかったのに、不意に不安に襲われた。それは相手がシュナイゼルだからだろうか。
カノンは先頭に立ち、後ろにふたりが付き従ってくるのを疑いもせずに歩き進めて行く。
やがて、艦橋へとたどり着いた。
扉の前で息を一つ大きく吸い込み、吐く。
カノンは構わなかった。だが、シュナイゼルは? 顔を見られればおしまいだ。
全員に一気にギアスを掛けることは可能だろうか。それは難しい。まずシュナイゼルに掛けるべきだと思われた。その上で、全員におとなしくなってもらう。
「カノン、案内ご苦労だった」
「何?」
振り向いたカノンへ、自分はギアスを掛ける。
死ね、と。
彼は一度瞬きした後、「分かったわ」と答え、懐から銃を取り出す。そして、自分ののど笛へ銃口をぴたりと当てると、そのまま引き金を引いた。
「お前、容赦ないな」
「そういう力を与えたのはお前だろう」
ずるりとカノンの体は命を失って、壁にぶつかり崩れていく。
案内など必要はなかったが、ここまでの防御壁となり得たので、放っておいたにすぎなかった。
「どうするつもりだ?」
ゼロの声で問われると、不思議な気分になった。思わず苦笑が漏れる。
「どうした」
「いや、自分に問われているような気がしてな」
仮面の内側から、笑いの気配がしたが、それ以上は何も言ってこなかった。
「この後、艦橋に入る。シュナイゼルにまずギアスを掛けよう」
「……他の乗組員たちは?」
「シュナイゼルに黙らせる」
「いっそ、大声で注意を引きつけて全員にギアスを掛ければどうだ?」
「シュナイゼルにまで掛かったら、困るだろうが」
「冗談だ」
笑われ、憮然とした。
「取りあえずここでうだうだしていても仕方がない。行くぞ」
「分かったよ」
そして扉を開くボタンに、手を掛けた。
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