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割れた硝子の上を歩く46


「お招きありがとう、シュナイゼル殿下」
 艦橋に入ると、C.C.が自分を真似て告げる。彼は一番高い場所に座って、こちらを見た。そしてカノンの姿がないことにだろう、怪訝な顔をする。
「私の部下が案内したと思うのだが」
「先に、退場していただきました……兄上」
 そこで初めて、ゼロに付き従う騎士団兵に意識が向いたのだろう。シュナイゼルと視線が交わる。
「お久し振りです、兄上」
「ルルーシュ……か?」
「ええ」
「生きていたのか……なるほど、君がゼロと言うことだね」
 彼は非常に頭が良かった。察しも良い。すぐに、その結論へたどり着いたようだった。
「そういう事ですね」
「それは、はりぼてか」
「はりぼてとはひどい言い様ですね。――でも、貴方の言う事は正しい。そして、最初で最後の勝ちを頂きに参りました」
 ルルーシュは優雅に礼をした。
 子供時代に仕込まれたものは、忘れない。
 その礼に、シュナイゼルは笑みを浮かべた。彼もまた昔を思い出していたのだろう。
「君に負けたことは、そう言えば一度もなかったね」
「ええ、兄上。ですから、最初で最後の勝利です。――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。シュナイゼル・エル・ブリタニアは我に仕えよ」
 赤い鳥が舞うのは、一瞬の事だった。
 そして、彼にたどり着くまでも。
「――イエス・ユア・ハイネス」
 彼が膝を折る。その姿に艦橋の者、全てが驚きの表情を浮かべた。
「皆こちらを見よ! 今後は私がこの艦、そしてお前達の主となる」
「イエス・ユア・ハイネス」
 二度のギアスは、有効だった。
 艦橋が全て黒の騎士団、団服を着たルルーシュに傅く。
 その景色は、見物でもあった。



「では兄上、尋ねたい事がある。――母上を殺したのは貴方ですか」
「違う」
 傀儡と化したシュナイゼルへ、ルルーシュは問いかける。
「では、誰でしょう。ご存じの事を全て話してください」
「――私は、マリアンヌ皇妃の遺体を皇宮の地下へ運ぶよう、命じられただけです。それ以外はなにも」
「何故、地下へ運んだ?」
「………」
 知らないようだった。意味の分からない行動だった。母の葬儀は行われた。では、あの棺桶は空だったと言う事だろうか。
「空の棺桶を埋める意味は?」
「分かりません」
「母上を暗殺して得をした人間は?」
「それは、おそらく後宮にいた全ての妃だと思われます」
「ちっ、役に立たない…」
 そんな事は分かっていた。だが、犯人を知りたいのだ、自分は。そうでなくては復讐が出来ない。いずれブリタニアという国全てを崩壊させるとしても、知って殺すのと知らず殺すのとでは、気持ちが違う。
 復讐を行いたかった。
 理由を知りたかった。
 何故、母がテロに見せかけて殺されなければならなかったのか。
 そしてそのような理由が何故まかり通ったのか。
 ナナリーは何故あのような姿にならなければならなかったのか。
 自分達は何故弱者として扱われるようになってしまったのか。
 その、全てを。
 だが、最大の情報を握っていると思われていた、シュナイゼルですら知らないというのだ。
 これではとんだ無駄足だ。
 いや――それでも、最大の駒が手に入ったと思った方がいいのだろうか。
 シュナイゼルは今後、ゼロに仕える。だが、宰相として元の場所に戻した方が良いだろう。そして日本人解放を行ってもらう。
 彼の立場は悪くなるかもしれない。しかし皇帝を除いた皇族の中では最強の権力を持っている。バックボーンも強い。失脚などそう簡単にはしないはずだった。
 内側から壊して行く事が可能なのだ。
「よし、分かった。ではお前はこれから政庁へ戻り、エリア11の解放を宣言しろ。そして、本国に戻れ。その後の行動は追って私が命ずる」
「分かりました」
 傅いたままの彼を残し、自分とC.C.はその場を去る。
 ガヴェインに戻るのだ。
 戻り道はカノンという防御壁がなくなったことで平坦ではなかったが、全てギアスで殺した。
 この艦は、エリア11が解放された後に黒の騎士団所有となる。余計なものは必要なかった。



 この戦闘における黒の騎士団の損壊率は決して低いものではなかったが、得られたものは大きかった。戦闘における勝利。そして、その後全世界に向けて発表されたエリア11の解放。
 新宿ゲットー内に設営された設備を全て撤去し、基地に戻った皆は今度こそ祝いを行った。
 日本は、日本を取り戻したのだ。
 遅れて到着したゼロが姿を現せば、盛大なゼロコールが沸き上がる。
 ひとしきりさせるがままにさせておき、やがて手でそれを落ち着かせた。既に中身はC.C.とルルーシュ、入れ替わって元に戻っている。
「ようやく、今日、この日がやってきた」
 わあ、と沸き上がる歓声。
「戦闘に勝利した我々は、日本を取り戻す事が出来たのだ」
 再び沸き上がる歓声。今度は手に負えなかった。
 あちこちで起きる乾杯とゼロコール。仮面の中で苦笑を浮かべながら、それらの人混みの中に分け入って行く。喜びの顔をひとつでも多く見ておきたかった。
「ゼロ! 本当に、日本が!」
「ああ、カレン。お前の働きも大きかった。よく今まで頑張った」
「ありがとうございますっ」
 跳ねるようにして、お辞儀する。彼女の表情は明るかった。今までに見たことのない晴れやかな顔だ。
 そして追うように、スザクもやってくる。
「ありがとう、ゼロ」
 本当は、ルルーシュと呼びたかったのだろう。だが、それを彼は必死で自重しているようだった。
 父を殺してしまったこと、そのために起こってしまった戦争。そして奪われた日本。それが戻って来たこの日に、泣きそうになっている。
「頑張ったな、お前も」
「……うん」
 ほろり、と涙が一粒だけ頬を伝った。
 背負っていたものは重かっただろう。その重責がようやく取れたのだ。
 彼はようやく、本当の意味でなにもかもから解放された。父への償いも出来たのだ。
「僕は罰を受けなければならなかった――その、罰を与えてくれたね。ありがとう。感謝してる」
「お前の罪はお前にしか許せない。そう感じるのであれば……そうだな。許されたのだろう。良かったな」
 ありがとう、ともう一度だけスザクは告げた。
 これ以上は言葉にならないらしい。
 その後、扇ら幹部に囲まれている時に、ビスマルクがやってきた。
「ジノ・ヴァインベルグが捕虜になったままだが、どうすればいい?」
 ああ、そうかと思い出す。
 欲しいパイロットだと思っていた。今後世界に打って出るのだとすれば、こちら側に就けた方がいいだろう。
「後で私が直截向かう。それまで捕虜室へ」
「分かった。おめでとう、日本の解放」
 ぶっきらぼうな言い方だったが、それを告げるのがナイト・オブ・ワンだと言う事実に笑いが漏れた。裏切り者にしてしまった。恒久的に続く裏切りをギアスで行いたくなかったが、あの時はそんな考えがなかったのだ。ジノの場合は、ブリタニアが崩壊すれば解放されるようにしようと思う。
 本心で言えば自分から黒の騎士団に参画して欲しかったが、それは無理な相談だろう。
 そして、思い出したことがある。捕虜はまだ他にもいるのだ。コーネリアとユーフェミア。ふたりの姉妹は今どこにいるのだろうか? シュナイゼルですらあの程度の情報しか持っていなかったのだから、今更ではある。だが、母の事は尋ねておきたかった。
 しかし今日は無理だろうとも思う。
 祝いに沸いた黒の騎士団はゼロをこの場から離そうとはしない。
 飲めもしないのにビールが注がれ、乾杯をさせられる。そして、皆がぐだぐだになりはじめた頃にようやっとその場を抜け出すことが出来た。
 スザクはその姿を見ていた。後を追って来た。
「ゼロ、何か?」
「スザクか……素面だな?」
「もちろん。未成年だしね」
「カレンはへろへろだったぞ」
「彼女は、まあ……付き合いも長いしさ」
 笑いながら、フォローする。
 咎める気持ちは欠片もなかったので、ルルーシュもそれ以上は何も言わなかった。
「どこへ行くの?」
「コーネリアとユーフェミアのところへ。母上の事で問いたい事がある」
「――暗殺の事?」
「ああ」
 自分も一緒に行ってもいいかと尋ねて来たので、ルルーシュは了承した。彼には仮面の下を見せても構わないからだ。
 そして、捕虜室へと到着する。
 ジノとふたりは別々の部屋に入れられていた。捕虜室とは言え、単に外鍵の掛かる部屋なだけで、鉄格子や冷たいコンクリートの部屋な訳ではない。内装もきちんとしてあるし、ベッドも確か置いてあったはずだ。
 先にジノの方を済ましておく事にした。
 部屋の鍵を開けると、突っかかってくるようにして来た彼を、スザクが食い止める。
 そして体術で彼を押さえ込む。
「助かった。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「私をどうするつもりだ!」
 名門貴族、ヴァインベルグ家の四男。KMFの腕だけでまだ十六の若さでナイト・オブ・ラウンズへ上り詰めた男だった。体格はスザクよりも遙かに良い。
 今押さえつけていられるのは、それなりの訓練を彼が幼い頃から受けて来たお陰だろう。
「なに、お前には黒の騎士団員になってもらう」
「な……っ、そんな事っ」
 スライドを開く。そして、目を見た。
「お前は今より、ブリタニア崩壊までの期間ゼロに仕えよ」
 まっすぐにかちあった視線の間を赤い鳥が飛び交う。
 そして、ぐたりとジノの抵抗はおさまった。
「イエス・ユア・ハイネス――このような姿のままで、失礼をいたします」
「いいぞ、スザク。その手を離しても」
「え、今なにやったの?」
「手品のようなものだ、気にするな。――C.C.から教わった」
「………」
 彼の前でギアスを使った事はなかった。驚くのも訳はないだろう。だが細かく説明するつもりはない。それに、彼に疑念を持たれても困る。
「言っておくが、お前との関係では使った事はないからな!」
「う、うん……」
 どこか釈然としない風ではあったけれども、彼はそれ以上追求してはこなかった。いつか説明しなくてはならないだろう。一度だけ、スザクにはギアスを使用している。一番最初に出会ったときだ。
 それを彼は信じてくれるだろうか。これから見る景色を見ていたとしても。



 コーネリアとユーフェミアは共にやはり、母の暗殺の件については何も知らなかった。得られた新しい情報と言えば、あの日の警備が手薄だったのは、母自らの命令があったからだと言う事だけだ。
 まさか母は襲撃を知っていたのだろうか? だとすれば、自分達は見殺しにされた事になる。
 それはあり得なかった。記憶に残る暖かな日々がそれを打ち消す。
 謎が増すばかりで、結局は訳が分からなかった。
 ふたりには、ここにいてもらっても仕方がない。
 同じくゼロに仕えるギアスを掛け喋ってもらった。本国へ戻し、内側から壊す礎となってもらうこととして解放した。
 シュナイゼルへ連絡を取れば、すぐにふたりは回収されたようだった。



 祝いの翌日の事だった。
 ゼロとして、ルルーシュは黒の騎士団に告げなければならない事があった。
「私はこれから、ブリタニアを討つ戦争を行うつもりでいる。ついてくる者はいるか」
 ここで終わりではないのだ。
 ブリタニアという国が存在する限り、日本もまた安全とは言えない。既に一度日本は解放された後に圧政を受けている国だ。
 しばらくの静寂の後、扇が賛同を示した。
 日本だけが平和では意味がないと告げた。
 そして、再びの脅威に怯える日々はもう必要ないとも。
 それが引き金になった。
 祝いの余韻もあっただろう。あの帝国宰相シュナイゼルを落としたのだ。自分達なら出来るとの思いもあった。
 殆どの者が賛同し、黒の騎士団は存在を維持することとなった。



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2011.5.9.
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