その夜。
久しぶりに複雑な気持ちを味わっていた。
一段落したとの安堵。だが何も分かっていないという焦燥。
だが、内側から壊す手駒を手に入れた。それは喜ばしい事態だった。
じっくりと実感がわき上がってくる。昨晩は騒々しさに紛れ、そして黒の騎士団存続の為に皆がどう動いて来るか分からず、落ち着いてなどいられなかったのだ。
あのシュナイゼルに勝てたというのは、素直に嬉しかった。子供の頃から勝てた事のない相手だ。この年になっても過敏すぎるくらいに意識していた。
肩の力が抜ける。ひとまずの戦争は終わったのだ。
この後に控えているものは、もっと大きなものだ。それを思えば、気も遠くなる。
ベッドに座っていたのだが、そのままとさりと背後に倒れ込んだ。
天井を見上げて、軽く目を閉じた。
「ルルーシュ」
扉の開ける音が聞こえて、追ってスザクの声がした。
固くもなく、柔らかくもない、不思議な声音だ。
身を起こして、扉をロックしていた彼を見た。
「あの能力の事、話してくれるかな」
そうだった。それを、忘れていた。
昨晩、スザクの前でルルーシュは二度ギアスを使用している。
ジノの件で一回。コーネリア、ユーフェミアふたりまとめての件で一回。
意のままに従い、言葉を紡いだ彼女らの姿を見て、スザクは酷く不審に思っただろう。ジノに対してもそうだ。スザクがいなさなければならなかった程なのに、ルルーシュの命令ひとつで急に従順になった。
不思議がっても仕方がない。
手品のようなもの、と説明したがそれで納得も出来ようはずもなかった。
「何が起きたのか、僕にはさっぱり分からなかった。――なんだったんだい?」
どう説明すべきだろうか。この場にC.C.がいれば話が早かったのだが、こんな時に限って彼女はいない。最初から、諦めて説明すべきだと思われた。彼に隠し事はしたくなかったのだ。
「C.C.を知っているな、お前は」
「当たり前でしょ」
「彼女は、人間じゃない」
何を言っているのだ、と言う顔でスザクは自分を見る。
「ああ見えて、数百年も生きる不老不死の魔女だ。疑うなら、一度胸に銃弾を撃ち込めばいい。多分一時間もせず、立ち上がってけろりとしている筈だ」
「なにを……」
「俺の時は、頭だった。テロに巻き込まれ、彼女と偶然一緒に逃げている時に、額を打ち抜かれていた。だが、彼女は生きて俺の目の前に現れた」
「――……」
慎重に言葉は選んだ。そして、声音もだ。無駄な演出は必要ない。事実だけを淡々と語る。
「彼女が俺に与えた能力だ。ギアスと言う。人の理とは外れた能力であり、多分人の大脳に影響を及ぼし、俺の命じた命令を絶対遵守する」
「絶対遵守」
「そう、それが俺に与えられた能力だ」
なるほど、と言う顔をした。確かに昨夜彼の目の前で起こった事は、ルルーシュの命令に対する絶対遵守だ。
「ひとりには一度しか使えない。俺は――お前に、掛けた事があるよ」
「嘘だ。そんな記憶僕には……」
これは告白しておかなければならない事だった。
罪の告白にも近い。
だが、これを告げておかなければ、ふたりの関係性も崩れてしまう気がしたのだ。
「最初に出会った時だ。お前の名前、所属を尋ねた。俺は自分から名乗る訳にはいかなかったが、そうしなければお前は答えないと言った。なので、使ったまでだ」
「名前――……」
過去を探っているようだった。
「そう言えば、僕は君に、名前を教えた記憶がない」
「そんな気がするだけではなく、か?」
「いや……分からない。でも、はっきりとあの屋上で名前を呼ばれた事は覚えてる。でも、その前に僕が名乗る筈がないんだ。名のない死体でなければならなかったんだから」
「そうか」
そう、彼は自殺志願者だった。
あのまま放っておけば、壊れかけた柵を軽々跳び越え遙か地上へと叩きつけられ命を終えていただろう。
名を知り、父の役職を知り、利用出来ると考えた自分が誘拐した。
だから、彼はまだ生きている。生きていてくれる。
「僕は君に命じられて、愛している訳じゃないんだね」
「その気持ちに不安があるのなら、関係をやめてもいい。本当はいやだが……手放したくなどないが、疑われ続けるのは、辛い」
本音だった。声に滲み出てしまう。最後は掠れてしまった。
「分かった。信じるよ、僕もこの気持ちを疑いたくはない」
「そんなに簡単でいいのか?」
「実際、目にしたからね。君の能力については理解しない訳にいかない。後でC.C.には確認させてもらうけど、それはいいよね?」
「もちろんだ」
「それに、僕は君を好きなんだ。例えこれがコントロールされた感情であろうとも、構わない。好きだから、好きでいたい。それじゃあ、ダメかな」
「例え、は存在しない。今話した事が全てだ」
「じゃあ、問題ないね」
あっけなかった。
あっけなさ過ぎて、肩すかしを食らった気持ちだった。
「君は僕を甘く見てるよ」
その表情を読んだのだろう。スザクは微笑みながら、ベッドの隣に座る。
「僕は君の事が本当に好きなんだ。失ったらきっともう生きていけない。それくらいに好きだよ。その感情の最初が嘘か本当かなんて、もうどうでもいいことなんだ」
「それすらもコントロールされていたとすれば?」
「自分を信じる。七年前の自分をね」
「――七年前」
思い出す、夏の日。一日限りの邂逅。
「あの日、僕は君に一目惚れをした。その気持ちはずっと変わっていなかった。再会出来た時は神様に感謝したよ。最後に夢を見せてくれたんだって。あの頃に君はそんな能力は持ってなかっただろう?」
「――……」
「だから、僕は僕を信じられる。ルルーシュはどうなんだい?」
「俺は………」
向き合って、うつむいた。
「好きだ」
幾度も告げている言葉だ。今更照れている訳ではない。だが、この言葉を告げるのは、ひどく罪深い気がしてしまったのだ。
「ちゃんと、僕の目を見て言って?」
顎に指を掛けられ、視線を重ねられる。
「好きだ――スザク。好きだ。本当に好きだ。お前がいなければ、生きていけないのは俺も同じだ」
ふ、とスザクの表情が笑みに転じた。
良く言えました、とのご褒美のように、軽いキスが唇の先にだけ与えられた。
「じゃあ、問題はどこにもない。僕は君を信じる。これからも、ずっと信じる。信じてついて行くよ。ブリタニアを壊すまで」
「――スザク」
「黒の騎士団がいつか崩壊しても、僕だけは傍にいるって事、忘れないでね」
「ああ。『枷』だものな。俺たちは互いに」
「そう。生きていく為の、最後の枷だよ。大好きだよ、ルルーシュ」
そして抱きしめて、口づけられた。
勢いのまま、とさりとベッドに横たわる。
「疲れてない?」
「大丈夫だ」
「それじゃあ、いい?」
「ああ」
小さなキスを合間にたくさん挟んで、意志の確認をし合う。
ひどく幸福な気持ちは今更のように遅れてやってきた。どうしよう、と思う。
手放しで愛されているという感覚に、恐れすら抱く。
まるで、愛するということは両腕を開いて無防備に立っている事に近い。何をされても構わない。何をしても構わない。そういう関係だ。
「スザク、愛してるよ」
早口で告げた。いっそ聞き取れなければいいと思いながらの言葉だった。
だが、スザクはしっかり耳にしていた。
ゆっくりと長い口づけを交わした後で、「僕も愛してる」としっかりとした言葉で告げられる。
怖い言葉だと、彼は分かっているのだろうか。
――分かっているのだろう。一度は死を覚悟した人間だ。それでなくとも、常に死とは隣り合わせの戦闘に身をやつす職業。
自分が指揮官であること、それに従う事。そうすることで、既にスザクは愛しているとの言葉を告げていたのかもしれない。
命をずっと預けられていた。
他の将兵も同じだが、だけどスザクだけは違う。関係性が全く違うのだ。
ぎゅっと、しがみつくように抱きしめた。
溺れてしまいそうだった。窒息してしまいそうだった。怖くて逃げ出したくなりそうだった。
だから、スザクへと逃げるのだ。
ここなら安全だから。怖いくせに、安全な場所だから。
「スザク……っ」
口づけを交わし、自分で衣服を脱ぎ捨てた。
早く交わらなければ人魚姫のように泡と溶けてしまいそうな気がした。
儚く淡いものから、確実で本当のものとして実感したかった。
スザクの衣服も、ルルーシュが脱がす。その合間にスザクの手は好きにルルーシュの体を弄って感じさせていた。
「……ぁあ、あ」
脇、胸、首筋。
どこも皮膚が薄くて骨が浮いて見える。そんな場所が酷く感じる。
腰骨、くるぶし、膝。
ここも同じだ。服を脱ぎ捨てたスザクは、ルルーシュの足を取ってくるぶしをねぶるように舐めはじめた。
「や……っ、ああっ、あっ」
「感じる?」
「…んっ、ああっ」
こくり、こくりと頷きながら喘ぎを漏らす。丁寧な舌の動きは見せつけられるようにされて、尚更官能を煽った。
くるぶしを甘い何かのように舐めながら、手のひらは緩く立ち上がったものに絡み出す。
格段の甘さが腰に走った。
視線を犯す舌の動きと、じんわりとした甘さ。そして、直截の感触。全てが相まって、すぐに出したくなる。
「スザク、スザク、いく、も……いくから…っ」
「早いよ?」
「お前が……っ」
固く張り詰めたものの戦端をくるくると弄られて、耐えきれなくなった。
それを感じたか、スザクは根本から若干強い力でしごきあげる。
「ああっ、あ、あ、あああああっ」
どくんっと白濁が飛び出した。前にしてからそう日が過ぎた訳でもないのに、酷く濃いものが出た。
それを手のひらに取って、スザクはまた見せつけるように舐め取る。
「やめ……スザク…」
「甘く、ないね」
「当たり前だっ」
「でも、ルルーシュのものだと思えば、甘く感じる。不思議だね」
大きく口から出された舌が、白い液体を舐め取って行く。
ぞくぞくと腰が震えた。なにもされていないのに、再びいってしまいそうだ。
「まだ、いっちゃダメだよ」
表情からバレたか、抑えられてしまう。そして後孔をスザクは舐め出した。今日は徹底的に舌を使うつもりらしいとその時に分かった。
立ち上がったものを一度含んで射精寸前まで追い上げ、それをあっけなく手放す。そのまま袋を伝って後ろへたどり着き、孔の周りをぐずぐずにほぐしてゆく。
喘ぎは甘く甘く響いた。
一時たりとも、喉の震えを止める事が出来なかった。
柔らかくなった場所に一本、指を挿入される。抵抗なく受け入れる自分の体は既にスザクの為にあるようなものだ。
くい、と中で指を折られ、弱い場所を探られる。
「ああっ、や……っ、あっ、スザ…ク…ぅ」
体が勝手に動く。弱い場所へ当たるように、腰がくねる。
彼がもたらす快楽を痛い程にこの体はもう知っている。
薄く目を開ければ、スザクはじっと自分の顔を見ていた。そして、ぺろりと自分の唇を舐める。そんな動きにも欲情してしまう。
指が足りない。そう感じ、自分の手を伸ばしそうになったのを、途中で止められた。
そしてスザクの指が侵入してくる。一本、二本、三本と入って行き、中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。
声帯が壊れる程の嬌声を多分自分は上げていた。いつもよりずっと酩酊が深い。
自分を遠く感じる。
やがて指が抜かれ、その喪失を埋めるようにスザクが入り込んで来た。
「ああ………あああっ」
その瞬間に、弾けた。もうずっと我慢していたのだ。甘いキャンディを舐めるように、内壁がスザクのものを絡め取る。
一度弾けてもまだ自分の屹立したものは萎えていなかった。スザクは目を細めて、自分を見て、そして屹立を見る。
「ルルーシュ、愛してるよ」
そして、ピストン運動が始まった。
最初から手加減なしの強い動きだった。
「ああっ、あ、ああっ、ああっ」
とろり、と精液がこぼれ出す感触がする。絶頂に達した訳でもないのに、絶頂をさまよっている感覚がする。
「ああっ、あっ、あんっ」
突かれる度に声が漏れた。
手を伸ばし、スザクにしがみつこうとしたが、汗で手が滑る。
また爪を引っかけるようにして、肩口にようやく引っかかった。それをきっかけにして、昇っていく。背中にまで手を回して多分あちこちを引っ掻いた。
「くぅ……っ、は、はぁ」
スザクもひどく良さそうに、淡く声を上げている。
それとも痛いのだろうか?
だけど、背に回した手を離す事が出来ない。汗で滑る度、爪で留めてまた抱きしめる。
「る、るーしゅ」
「すざく、すざく」
打ち付けが激しくなった。もうすぐこの行為が終わってしまうのだろう。イヤだな、と感じてしまう。それでも終わりは来る。
「く……っ」
「ふぁ……っあ、ああっ」
どくん、と体中が弾けた。
精液が中に流し込まれる感覚。そして、腹の上を伝う感触。
それらが更に熱を呼ぶような気がした。
まだ終わって欲しくないと思った。終わりは来るものでも、だけど、続ける事はできる。
自らルルーシュは腰をゆらめかした。
次をねだったのだ。
スザクは、それに応えた。
眠りに就けたのは、外が明るくなる時間帯だった。
シャワールームにだけは一緒に行った事を覚えている。そこで再び交わった事もだ。
だが、その後の記憶は欠落していた。
目を覚ませば日が暮れる時間で、横でまだぐっすり眠っているスザクを見遣って、思わず心の底から柔らかな笑みが浮かび上がってきた。
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