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割れた硝子の上を歩く48


 シュナイゼルからは随時連絡が入るようになっていた。お陰で、ブリタニアの内政については手に取るように分かるようになっている。
 彼の有能さが損なわれる訳にはいかない。彼には今まで通りの有能な宰相として立ってもらったままでいた。疑いを抱かれたり、失脚してもらう訳にはいかないからだ。既にエリア11の解放をさせてしまっている。これ以上は不自然な動きを取らせない方が良いと判断した。
 情報が得られるだけでも、大きな違いだった。
 どこが弱いか、どこの貴族を操ればいいか、そういった策略が巡らせやすくなる。
 一代で強大になったブリタニアと言う国には皇帝が圧倒的権力を持ち君臨するだけで、後は結構隙があるものなのだ。皇帝ひとりが全てを掌握する事は不可能に近い。
 それを補うのがシュナイゼルな訳なのだから、うってつけのポジションにいてくれることになる。
「あ、ルルーシュ悪い顔」
 仮面を脱ぎ、椅子に浅く腰掛け膝を組んでいたルルーシュは、指先で膝を軽く叩いていた。
 策略を練っていたのだ。それを、スザクにそのように指摘されるのはなんとも心外だ。
「作戦を練ってる途中だ、悪い顔なんかしてない」
「いいや、悪い顔だった。にやって笑ってさ」
 そんな表情をしていただろうか? スザクはベッドの上にうつぶせで寝そべって、頬杖をつきルルーシュを見ている。
 していたかもしれない。陥れる貴族の名簿を脳裏に描いていたところなのだから。
 どれが謀反を起こすのに最適な人物かを探っていた。内乱でも起きてくれればブリタニアの体力をそぎ落とす事が出来る。それが連鎖的に起きれば尚更だ。
 こちらには、アヴァロンという飛行手段を手に入れている。ブリタニアへ向かうのも手軽になった。
「失礼なヤツだな――確かに、悪い事を考えているからな。そういう顔にでもなったのかもしれない」
「ほら、やっぱりしてたんじゃないか」
 無邪気に笑っているが、彼には紛争の火種にもなってもらおうと考えていた。
 周到にブリタニア機を盗む。それは、シュナイゼルの手があれば簡単な事だろう。
 貴族にギアスを掛けた上に、黒の騎士団がメインとなって内乱を頻発させれば、国としての弱体化は免れない。少なくとも、エリア拡大に向かっているエネルギーは内側へと向かう事になるだろう。
 その隙を狙えばいいと思った。
 皇帝の顔さえ見れれば――とも、思う。
 直截会う事が出来れば、ギアスがある。どうとでも出来る。
 頻発する内乱に皇帝本人が出陣でもしてくれれば、諸手を挙げて万歳するだろう。
「陥れる貴族を考えていた――お前、しばらくはブリタニア生活になるぞ。覚悟しろ」
「それは、みんなも一緒?」
 席を立ち、スザクの傍らに腰掛ける。
「ああ。黒の騎士団がメインとなって内乱を起こす。ブリタニアを壊して行くんだ」
「――そりゃあ、悪い顔にもなる筈だね」
 ふふ、と彼は笑った。
 そのやり方はあくどいだろうが、彼にとってはもう慣れっこになってしまったらしい。
 自分と言うものを既に理解し、受け入れている。
 だからルルーシュは、彼に対し何をするにも気を遣う必要がなかった。互いの罪はもう全て告白した。その上で愛し愛されていると実感したのだ。
 隠し事など一切無い、まるで同じ人物であるかのようにふたりは存在する。
 これは自己愛に近いのだろうかと時折思わないでもないが、それは違うと否定出来た。
 スザクだからこそ、こうやって全てを話す事ができたのだ。
 そして、共にいる事を選べた。
「で、誰を陥れるか決まったの?」
「いや。誰かさんの横やりが入ったからな。まだ未定だ」
「嘘ばっかり。大体決まってるくせに」
「……まあな」
 笑って、彼の横に横向きに寝そべった。近い場所にあるスザクの顔は、笑みに彩られている。
「隠し事反対」
「近いうちに、みんなに知らせる。その時までお楽しみにしておけ」
 それにどうせ、知らない相手だ。
 社会的地位、人格、社会貢献度。全てを鑑みて、上から三番目の人間を選んでいた。いきなりトップが動き出すのは不自然に過ぎるからだ。
「シュナイゼルはこの件をどうするの?」
「そりゃあ、帝国宰相としては動かざるを得ないだろうな」
「全力で?」
「全力で」
 ふぅん、と彼は不思議そうな顔をする。
「結構面倒だね。彼がこちらに就いているんだから、簡単に成功させてもらえばいいのに」
「それじゃあ意味がない。シュナイゼルが失脚でもすれば事だ。――まあ、それでもいずれ裏切ってはもらうけれどもな」
 自分を皇帝の前に引きずり出す役を、彼に預ける。
 いっそゼロとして捕らえられた方がいいだろうか。エリアを奪取した帝国にとっては最大の敵に近い。皇帝の前まで引きずり出されてもおかしくはないだろう。
 その手も選択肢のひとつとして考えて置くことにした。



「おい、お前達。ずっと一緒にいるから、私のいる場所がなくなってしまったではないか」
 しばらくして、C.C.が部屋に乗り込んできた。
 彼女はいつもマイペースだ。そのくせに、そんな事を言ったりする。
「お前は好きにしているだろう」
「一応これでも気を遣っている。コトの最中に踏み込むのは私とて避けたいからな」
「な……っ、昼間から、そんな事があるものか!」
「そうかな?」
 ふふん、と笑う彼女はまるで何かを知っているような顔をする。
 確かに一度、昼休みに事に及んでしまった事はある。だがそれ一度切りだ。
 その後も、そう言った行為に流れ込もうとしたことはない。今も同じベッドに横たわってはいるが、色気など皆無だった。
「今のそれも、私は目撃していいものなのか?」
「……何か問題でも?」
「間違いなく、私以外の者が見れば一大事だろうな」
 スザクの傍にいることに慣れすぎてて、気付かなくなっている感覚が多々ある。
 今のこれもマズい事だったのだろうか――……マズいかもしれない。同じベッドに横たわっている姿など、見るものが見ればあらぬ事を想像するだろう。それも、愛人疑惑がささやかれている相手だ。
「そうだ、面白い情報を教えてやろう。騎士団内ではお前と枢木は愛人同士として噂されているが、どっちが上だか知っているか?」
 また下世話な事を……と、思うが彼女の口は止まらない。
「お前だ、ルルーシュ。お前がスザクを抱いている事になっているらしい。面白い話だ」
 あはは、と彼女は笑い出した。
「そんな甲斐性もない童貞坊やが、枢木をどうこう出来る訳もないと言うのにな」
「お前、どこまで何を知ってるんだ」
「さあ、どこまでだろうな」
 視線をそらして、それでも彼女はまだ笑ったままだった。
「まあ、私も愛人の身だ。抱く側であってもおかしくなかろう。妻もいることだしな」
「ああ、神楽耶の事? あれ本気なの?」
 スザクは平然と会話に混じって来た。
 そんな噂をされていても構わないのだろうか。自分としてはそこまで生々しい噂を立てられているとは思っていなかったので、正直憤慨しているのだが彼はしれっとしたものだ。
「本気もなにも……。彼女が勝手に言っているだけだ」
「そうだろうね。昔から神楽耶は勝手な子だったから」
 くすくすと何かを思い出したのだろう、スザクは笑い出す。
「ああ見えて、昔はひどいいじめっ子だったんだよ。僕も何度もいじめられた」
「スザクが? 嘘だろう」
「いや。性格が悪いんだ、あいつは」
 きっぱりと言い切る。
「いや、頭が回りすぎるのかな。ルルーシュに似てるかもしれない。細かい策略を立てては、僕を陥れてくれたよ。今も参謀くらい出来るんじゃないかな」
「まさか、六家の人間にそんな真似をさせる訳にはいかないだろう」
「でもしばらくはルルーシュも僕も、それに大体の幹部はブリタニアだろう? 彼女に後を任せて見るのも手かもしれないよ?」
「そうか?」
 彼が言うのならそうなのだろうか。
 確かに、彼女は頭の回る人間だと思っている。だがそれを軍事方面に上手く使えるだろうか?
 また違う方向性だ。
「一度聞いてみたらいいよ。君に信頼されて依頼されたのなら、神楽耶は頑張るだろうし」
「――……考えておく」
 確かに、しばらく日本は手薄になる。ブリタニアからの脅威は去ったが、間近には中華という大国もあり、EUはいつでも血気盛んだ。サクラダイトという宝を抱く日本の守備は、大事だろう。
 扇では役者不足な面も否めなかったのもある。
「それで、私はいつまでここで立っていればいいのだ?」
「どうしたいんだい、C.C.」
「私も寝に来た。ベッドは満員御礼のようだがな」
「仕方ないな……」
 と、ルルーシュが退こうとした時だった。
「まあ、それでも広いベッドだから構わないか」
 と、彼女までベッドに乗り上げて来た。
 頭の位置は、ふたりと一緒だ。
 ルルーシュを挟んでスザクとC.C.が何か目で合図している。
「これは、愛人の座争奪戦と受け取っても?」
「こんなもの、お前にくれてやる。好きにしろ」
 ひどい言い様だった。
 仰向けに寝ころんだ彼女は長い髪をそのまま下敷きにし、目を閉じた。
「じゃあ、好きにするよ」
 と、彼女が見ていない事を理解しているくせに、ルルーシュを抱き寄せてキスをしてきた。
 そしてぎゅうと抱きしめられる。
「ス、スザク……!」
 さすがにこの状況は異常だ。
 抵抗をしようとしたが、彼の力は存外強い。
「だってC.C.が好きにしていいって言ったんだよ?」
「俺の意見は無視か」
「君はイヤなの?」
「この状況は………」
 C.C.は仰向けになって、目を閉じていた筈なのにうっすら目を見開いてこちらを横目で見ている。目が笑っていた。
「ダメだ、やっぱりダメだ!」
「ダメなのは僕の方。ルルーシュは僕のものなんだからね」
「それとこれとは話が別だ!」
「まあ、好きにしろ」
 C.C.は面白そうに、こちらを眺める姿勢を取り直した。
 こんな至近で見られるのは、やはり困る。
「僕はいつだって、見せつけたいの!」
「C.C.相手に何やってるんだ、こいつはどうせ全部知ってる」
「それでも!」
 にやにやと見ているC.C.の存在が憎らしかった。
 寝に来たのなら、さっさと寝ろと思った。



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2011.5.11.
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