ブリタニアへ向かう人員を選別しなければならなかった。
日本も放置しておく事は出来ない。間近の中華への備えが必要だからだ。いまや、黒の騎士団は日本軍と名乗って良い程の規模と立ち位置になっていた。
親衛隊は全て引き連れて行って良いだろう。――ジノも、親衛隊へ入れる事とした。
特殊機体に乗る者ばかりが親衛隊となりえるとの噂も流れ始めてさえいたが、偏に実力でものを見ていた。そして、カレンを除いて、人望のない者だ。
人員を率いれない人物は、他の隊に入れても意味がない。実力がなまじあるために、隊の規律を乱しかねない。彼等新規で入ったものたちが親衛隊に入るのは、仕方のない出来事だったのだ。
日本には扇を残しておく。日本側のトップとして表に立つのは彼だ。だが、バックには皇神楽耶がついている。彼女は一緒に行きたいと駄々をこねていたけれど、政治的判断や戦略、戦術に関する話題を振って見たところ、実に良い手応えを返してくれたのだ。
これを、使わない手はなかった。
信頼しているからこそ日本を任せたいと告げれば、最終的に彼女もその役割を受け入れた。
そして軍事の要としては藤堂を置いて行く。一番隊、二番隊は日本に控えさせるのが得策だろうと思えた。本当は使える人材ばかりを集めた隊だ、連れて行きたい。
しかし、日本を手薄にすることは本末転倒になる。
仕方のない判断だった。
まあ、親衛隊がいるだけでも大きく話は変わってくるだろう。カレンについてくる人間は多いし、戦闘の数を重ね、スザクにも信頼を置いている者も出て来ている。ビスマルクには、心酔している者もいるようだ。
三番隊のみを引き連れて行く事にした。
アヴァロンがいくら巨大艦船だとは言え、補給も途中では受けられない身だ。人員ばかり増やしても仕方なかった。
KMFは現地調達出来るのだから良いとしても、さて、自分の機体や紅蓮、ランスロット、ギャラハッド、トリスタンくらいは積んでおきたい。何かがあった時の為の備えだ。
C.C.は当然ついてくるだろう。彼女は黒の騎士団員であるが、その前にルルーシュの共犯者だ。
謀反を起こす貴族は既に決定した。後はギアスに掛け、私兵を蜂起させればいい。もちろんいち貴族の持つ軍隊などたかが知れている。だが自分達黒の騎士団が混じればどうなるだろうか?
事態の沈静化には時間が掛かる事だろう。
辺境からまず起こすことにした。辺境伯という称号はそれなりに高い。それを冠する貴族を立たせる事にしている。
収める地域が辺境だからこそ、備えの軍備もそれなりにあるだろうと踏んでの選抜だった。
「ディートハルト、通信を任せる。日本からでもハッキングは可能だな?」
「はい」
「では、任せた」
アヴァロンに乗り込む前に、確認をしておく。見送りにはほぼ全ての団員が揃っていた。
舞台は世界に変わる。その意気込みを確認するためだ。
「それでは、日本はお前達に任せる。何かあれば緊急通信を使うように」
「はい!」
幹部が唱和し、それに満足したルルーシュは踵を返し、アヴァロンへ乗艦した。
機関士たちはギアスで確保済みだ。運行には何の問題もない。
艦橋の立派な席に座れば、全体が見下ろせた。ここでシュナイゼルは指揮を執っていたのだ。それは偉くなった気持ちになったことだろう。いや……彼に取っては、それが当たり前の事すぎて特別だとは感じなかったかもしれない。
「では、発艦」
「イエス・ユア・ハイネス」
ギアスに掛かった者達は、ブリタニア人だ。自分をブリタニア皇族として認識している。
この返事はマズイなと思い、改めさせるよう命令を下した。彼等はゼロに仕える身。自分の命令ならなんだって聞く。
アヴァロンは静かに上空へ昇り始めた。
艦橋の窓から見える世界が変わって行く……これから、本陣に向かうという事が改めて身に染みた。気が引き締まる。
ふと、横にスザクがいればいいのにと思った。彼は今、ゼロ専用室とされた主室にいることだろう。彼もこの景色を見ればいいのに――と、この感覚を共有して欲しかったと今になって悔やんだ。
海面しか見えない航行は約半日かかる。ルルーシュがずっと艦橋にいる必要はなかった。
C.C.とスザクの待つ主室へと戻る。
親衛隊にはひとり一部屋、他の隊の者は二人から三人で一部屋を使用しているが、スザクとC.C.とゼロという部屋割りに対し、異を唱えるものは誰ひとりいなかった。
もうルルーシュは諦めの心境だ。実際、自分達はそういう関係なのだし、想像したいなら勝手にすればいいと思う。それにスザクひとりを別の部屋にするつもりなども全くなかったのだ。
彼が傍にいても戦略、戦術を練るのに邪魔にはならないし、返って安定剤にもなる。
時折仕掛けられるいたずらはご愛敬だが、それでもスザクが傍にいない事が既に自分に取っては異常事態になっているのだ。
だから、諦めるもなにも、そうするしかない。
「お、戻ったか」
「ああ。海面ばかりを見ていてもつまらないからな」
敵襲がある訳ではない。
ラクシャータの開発していたゲフィオンディスターバーの副産物としてステルス効果があった。今回、ゲフィオンディスターバーは必要ではないけれども、ステルスに用がある。積み込んであるので、ブリタニアからも発見されることはないだろう。
不意の戦闘もまず起こる事はない。
そうなれば、変化のない景色はただ眠気を誘うだけのものでしかなかった。
「おかえり、ルルーシュ」
「ああ」
ただいま、と仮面とマントを脱ぐ。
広い主室は居間と寝室の二部屋に分かれている。居間もゆったりとしたソファが置かれ、大きなモニタが備え付けられていた。
スザクはそのソファに座り、C.C.は別のソファで寝そべっている。
床には厚い絨毯が敷き詰められていた。
「贅沢だな」
既に何度も見ている場所だが、こうやって実用に使うとなると、この贅の尽くし方は軍用艦には不要なものに感じられて居心地が悪い。
それでも仕方なく、ルルーシュはスザクの横に腰掛けた。
「落ち着かないな」
「そうだね、これから戦闘って気分にならない」
部屋の片隅には、一応きちんとしたデスクワーク用のセットもしつらえてある。
木製のがっしりとした、宮殿で使うような代物だったけれども。
それでも、あちらの方がまだしも落ち着きそうな気がした。
頭の中で練り上げた作戦を反復する。
辺境伯のひとりに直截会う事により、ギアスを掛ける。
入り口さえ崩せれば、この能力があれば簡単な事だ。その入り口さえも、ギアスで崩せる。
そこで蜂起させる。
KMFに騎乗するのは、半ばが黒の騎士団。主力機があればそれに親衛隊を乗り込ませ、そうでない場合は全員が同じ機体に乗る事になる。それでも、主導権を握るのはゼロと、その親衛隊になる予定だった。
訴えるのは、エリア制度の解体。そして、打倒皇帝だ。
頭の狂った貴族と思われるのが多分オチだろうが、しかし強さだけは折り紙付きだ。
情報を探ったところ、彼の持つ軍隊が所持しているKMFは最新鋭のものだった。
フロートもブレイズルミナスも搭載済み。その戦闘に慣れた自分達には、扱いやすい機体だ。
辺境伯自身にも出兵してもらわなくてはならなかった。
補給線の確保、そして引き際。
辺境伯が最終的に首を落とす事で幕引きとなるだろう。
そこで黒の騎士団は一斉に手を引く。アヴァロンに帰投させ、残るのは空になったKMFだけという寸法だった。
もちろん、それだけで終わるつもりはない。
第二候補が待っている。
それから一日も離れない場所にある侯爵に今度は動いてもらう。
三日後、一斉蜂起。訴えるのは辺境伯と同じ事だ。
悪いウイルスのように、それは決して消える事なく続いていくのだ。
消耗戦にはなるだろう。だが、こちらの実力は決して弱くない。一般兵に関しては、それぞれ諸侯の持つ軍隊を動かせば良いだけの話だ。
「上手く立ち回らないとな」
「え?」
「消耗戦に近くなる。ゲリラ戦だな――余り褒められた戦い方ではない。だが、今回は内側から腐らせて行くのが目的だ。中には呼応する者もいるかもしれない。そうなればラッキーだ」
「ああ、だから」
「そうだ、上手く立ち回らなければ、こちらがやられておしまいになる。そうならないように、引き際は綺麗に見極めないと」
「また、疲れる役回りだね」
「仕方ない。指揮官とはそういう仕事だ」
ふう、と息を吐き出しぐたりと力を抜いた。
これから気の抜けない時間が始まるのだ。それまでは気を緩めておいても構わないだろう。
スザクが、くいっと腕をひっぱるのでスザクにもたれかかる格好になる。
体温がじんわり伝わってくるのが心地良い。このまま眠ってしまっても良いくらいの気持ちだった。
そんな様子をC.C.はもはや諦めた様子で眺めている。
こちらも、この程度なら構わないと開き直っている。
フロート音のみの静寂がしばし部屋を支配した。
ブリタニア本土が見える時刻が近付き、うたた寝をしていたルルーシュは意識を改めなくてはならなかった。
スザクもそのまま眠ってしまっていたようだ。C.C.も。
艦橋からの通信で、皆が一斉に目を覚ます。
「ああ、分かった。今しばらく待て」
マントを引っかけ、仮面を被る。視界が変わる事で、意識が改まる。
自分がゼロだと認識する。
さあ、勝負の始まりだと気が引き締まる。
部屋のモニタをオンにして、守秘回線を開いた。相手はシュナイゼルだ。
「おはよう、シュナイゼル」
『おはようございます、ゼロ』
ブリタニア西部では既に朝を迎えている。政務に当たっているのだろう。人払いをされた部屋が背後に映っている。
「まもなく私はブリタニアに上陸する。例の作戦を実行させるので、対応を頼んだ」
『かしこまりました』
手を抜くな、と言うことだ。だがラウンズ全てを一気に投入されてはマズイ。その辺りの匙加減はシュナイゼルに任せてある。伊達に有能な訳ではない。そのくらいの計算は出来るだろう。
こちらにもラウンズはふたりいる。
万一があったとしても、それに対応出来るだけしか用意しないだろうと思われた。
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