C.Cをゼロの影武者に立て、ルルーシュは密かに下艦する。用意してあった貴族服に身を包み、辺境伯の門戸を叩くのだ。
今まではひとりで先に行っていた下準備だが、アヴァロンという移動手段しかなく、居場所もない状態では下準備ひとつにも手間が掛かる。アヴァロンは少し離れた場所に停泊させていた。
徒歩で向かい、門番にギアスを掛け扉を開けさせる。
出会う人物全てに、自分をないものとして扱うようギアスを掛けてゆく。簡単な事だった。
そして、辺境伯本人にたどり着く。
「何者だ、お前は」
「いえ、お話を聞いていただきたく…」
「だから何者だと聞いているのだ!」
どうやら、気の短い御仁のようだった。ならばこちらも時間を掛ける必要はあるまい。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。お前はこれから帝国に対し反逆を起こせ。エリア制度の撤廃、皇帝の弑逆を目指せ」
赤い鳥が飛ぶ。
彼は一瞬呆然とし、それからまばたきをひとつしたと思えば、
「イエス・ユア・ハイネス」
と、膝を折った。
「それには私たちが手助けしよう。最新機種を数機貸していただく、こちらの兵の方が強い――構わないな?」
「ええ、もちろんですとも」
「では後ほど案内してもらおう。その前に、我が兵を連れてくる」
「かしこまりました」
「お前は、自分の手内の者たちに意志を伝えておけ」
「イエス・ユア・ハイネス」
その声を背後に聞き、ルルーシュは再びアヴァロンへと戻る道筋を辿った。
C.C.と入れ替わり、艦橋にゼロが立つ。
目立った将兵はそこに集まっている。
「準備は整った、今より辺境伯の邸宅へ向かう」
「え、そんなに簡単に話がまとまるものなのですか?」
三番隊の兵士がひとり驚いた顔をするが、彼は日本でゼロと接する機会も、地道な作戦をとっていた頃の事を知らないのだろう。ゼロは奇跡を起こす、と幹部たちにはささやかれている。それはギアスの事なのだけれども、不可能を可能にする力があるのだ。
「私はゼロだ、不可能はない」
ふふ、と軽く笑い、兵をいなす。
彼は不審を残したままであったが、それでもゼロに今までついて来た身だ。日本解放という夢も見た。なので、それ以上の追求はないようだった。
「KMFの準備も整っている。将兵は皆、慣れないKMFになるが装備は変わらない。準備に二日を用意する。その期間に一刻も早く慣れておいてくれ」
「はい」
では、出発――と、アヴァロンを飛行させた。辺境伯邸の間近に停泊させる。
そのまま、操舵に関わる者だけを残して黒の騎士団員は全員が下船した。
「なんだ、この機体」
「見たことのない機体だな――まだ実戦には用いられていない、最新鋭機か?」
「ガレス、という。量産タイプだが実力はランスロットにも近い」
「ええっ、そんな機体操れませんよ」
「大丈夫だ、量産タイプと言っただろう。万人向けにカスタマイズされている」
ずらっとKMFラボに並ぶのは、銀色に光る機体の数々。それらのキーが管理されている鍵はすでに受け取っている。
「数が多いな……辺境伯の一般兵にも参加してもらうか」
「共同作戦なんて、取れますか?」
「言っただろう? 私はゼロだ」
「分かりました」
す、とその兵は引いた。
実戦に出てもらうのは、辺境伯の兵の中でも選りすぐりを選んだ方がいいだろう。それらの準備もある。
「お前達は、起動実験を行え。この横にフィールドがある。そこで軽く動かしておくんだな。くれぐれも事故は起こすなよ」
了解と返され、スザク達親衛隊も含め、それぞれの機体へ散って行った。
自分も訓練しておきたいところだが、下準備は終わっていない。
その場を後にして、邸宅へ戻る。
既に辺境伯邸は自分の配下になっている。
誰もがゼロに対し、頭を下げる。
まっすぐに辺境伯の執務室へ入る。
「兵を貸してもらいたい。使える人員は何人いる?」
「有能な者でしたら、十人程度。後はそれを補佐する立場にあります」
「分かった。では、その十人を借り受けよう」
「足りますか?」
「おそらくは。使えない兵を連れて行く方が邪魔だ。こちらにも実力を持つ兵がいる、貸し出しいたしましょう」
「助かります。皇帝を弑逆し、ゼロを皇帝に……!」
陶酔したような表情で、彼はゼロを見る。自分が皇帝になるという考えはどうやらないらしい。
長く宮仕えしてきた身には、荷が重すぎると考えるのだろうか。それともゼロという存在に頭をやられたか。
まあ、それも問題はない。
「しかし辺境伯、私の存在はしばらく伏せていただきたい。弑逆が叶った暁には私が名乗り出よう」
「分かりました。その方がよろしいですね。貴方の存在は尊い。そう簡単に名を出すのもはばかられましょうぞ」
「分かっていただけて嬉しいですよ、辺境伯。決起は二日後です。補給も考えておいてください。目下の戦略目的は――そうですね。やはりペンドラゴンへの直進でしょうか」
「ペンドラゴンは、あまりにも遠い……いや、反論ではありません。そうしましょう」
彼は、ひとつ頷いて自分に納得させているようだった。
もちろんペンドラゴンになど到着出来る筈がない。途中でシュナイゼルの軍が迎え撃つ事になるだろう。そこで戦闘が起こり、彼の命はそこで散る。
先のない、儚い命だった。
「では、私はしばし失礼します。KMFに慣れておかなければならないですからね」
「ゼロは私と共に、G1ベースで……」
「動かない将など、無意味ですよ」
持論を持ち出し、ではと部屋を後にする。
使い勝手の違うKMFはどんな具合だろうと思いが馳せた。
新しいKMFというものに、興奮しているのは若干否めなかった。
「どうだ、ガレスは」
フィールドへ到着すると、ちょうど休憩に入ったばかりだったスザクと顔を合わせる。
「うん、かなり使い勝手はいいよ。ランスロットにちょっと似てるかな……動きは少し鈍いけど」
「お前くらいしか、ランスロットのピーキーさにはついていけないさ」
苦笑して、ならば他の将兵にも扱いやすいだろうと考える。
実際、ランドスピナーを利用してフィールドを駆け巡るガレスの動きはスムーズだ。
これなら準備期間に二日も必要としなかったかもしれない。
「これ、C.C.も乗るの?」
「あいつは今回は留守番だ。気が乗らないと言っていた」
「そう。好き勝手するよねーやっぱり」
そんな自由が認められているのは彼女ひとりくらいなものだ。気が乗らないから出撃しないなどと言う言葉を聞いていたら、軍隊など簡単に崩壊してしまう。
「じゃあC.C.は今日、アヴァロンの中なんだ」
「そうだな。どうせごろごろしているだろう」
目に浮かぶようだった。クイーンサイズのベッドの真ん中で、広々と眠っている彼女の姿が。
「なんだ、ごろごろしていて良かったのか?」
と、だから急に声を掛けられてふたりはひどく驚いた。
団服を改造した、扇情的とも取れる服装でC.C.が背後に現れたのだ。
「どうしたんだ、気が乗らないんじゃなかったのか?」
「アヴァロンはヒマだ」
言い捨て、地面に直截座り込む。そしてガレスの巡回を眺めていた。
「あれは新しい機体か? ブリタニアも良くやるものだ」
「まあ、こちらにとっては今はありがたい。操作性も良いみたいだしな」
「そうか。それじゃあ、私も後で乗るとしよう」
「おい、お前今回は出撃しないんじゃなかったのか?」
ああ、と彼女は答えたが、
「だが今後は分からない。慣れておいたほうがいいだろう。他の奴らに劣っているのはなんだか許せないしな」
などと言い出した。彼女らしくないなと思ったが、まあそう言う気分なだけだろう。
「分かった、ちょうどスザクの機体が空いている。乗るなら今だな」
「今は面倒だ。後でいい」
そのまま地面に寝ころびそうな程、気の抜けた雰囲気だった。
「どうかしたのか、お前」
その様子にルルーシュは不審を感じる。彼女がだらけてるのは良くある事だけれども、少しばかり様子が違うように見えたのだ。
「いや、何もない――と、言う事はないな。単に調子が優れないだけだ」
「不老不死の魔女が? 珍しい事もあったものだ」
ふっと彼女は笑い、それもそうだなと答えた。
それも不自然なように思えた。
二日掛けて、黒の騎士団の将兵はガレスに慣れ切った。辺境伯が差し出してきた十名の兵士にもギアスを掛け、これから起こる戦闘に意義を持たせる。
そして、動き出す時が来た。
最初の動きはスムーズだ。KMFが三十機余り、行進しているに過ぎない。武装が完璧に為されていたとしても、まだここは辺境伯の敷地内であり、軍事演習を行っていると思われても仕方なかった。
だが、一歩敷地から外に出ると異常性が垣間見えて来る。
隣接した敷地の辺境伯がまず停止命令を出してきた。
だが、もちろん無視だ。
相手も自分の敷地を侵されているのだから、兵を出さざるを得ないが、それらは簡単に斬り捨ててしまえる。
そこでようやく謀反の連絡が中央にまで届いたようだった。
シュナイゼルの出番は、これからになる。
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