がくん、という衝撃と共に急速な失速感がおさまった。
スザクに残った左腕を掴まれたのだ。
「スザク、お前」
フロートの負荷は、KMF一機分程度しかない。二機も持ち上げられる程の出力はないのだ。
緩やかに、落下は続いている。
『ゆっくり着地するから……こういう特訓もしてる、大丈夫だから少し待ってて』
「そういう問題じゃ…」
再び、大出力の火力が空中に生まれた。
シュタルクハドロンの二発目だ。
ファクトスフィアを操り、モルドレッドを確認する。周囲には三機。無事だったことにほっとする。今この段階で親衛隊を失う事はどうしても避けたいのだ。
「スザク、すぐにおろしてくれ。そしてお前は戦闘に戻れ。三機ではモルドレッドは倒せない」
『無茶言わないで、君の機体が壊れる!』
「機体など他にある。命さえ無事ならいいんだ。戦闘に勝つことは第一条件だ」
『……――っ』
しばらくの沈黙が続いた。落下速度は変わらない。
「すざ…」
『僕の第一条件は、ルルーシュだ!』
怒ったように、彼は告げて来た。
プライベート回線で良かったと思う。彼との通信はもっぱらプライベート回線だが、こんな言葉を他の面子に聞かれでもしたら志気が下がるどころの話ではない。
「何を言ってるんだ。その俺が望んでる。戦闘に勝って、皇帝を引きずりださなければならないんだ」
『でもそのために君が怪我を負ったらどうしたらいいんだよ。僕の気持ちはどうなる?!』
「スザク……」
『逆を想像してよ。僕が怪我したら怒るくせに。自分ばかり粗末に扱わないで』
「………分かった」
そう答えるしかなかった。
ゆるやかな降下は時間が掛かる。その間を狙われない訳がない。
首謀者はある公爵とされているが、指揮官はこの機体だと既にばれている。頭を潰すのは戦闘での常套だ。
その全てを、片手でスザクは振り払っていた。
スラッシュハーケン、MVS、時にはヴァリスを用いて。
無傷という訳にはいかなかったが、無事着地した時には、モルドレッドがある程度の自由を得ていた。
「スザク、すぐに戻ってくれ。右腕はなくなったが左腕もスラッシュハーケンも生きてる。モルドレッドを自由にさせておく方が危険だ。頼むから、戦線復帰してくれ」
空中からの攻撃に耐えるのはかなり難しくなるだろう。だが、それが第一優先順位だった。
返答には時間が掛かった。
『絶対、自分の命を粗末にしないと誓える?』
「ああ。お前の名にかけても」
『――分かった。じゃあ、戻るから』
「頼む」
そしてスザクは再び飛行し、モルドレッドへ向かっていく。
降りかかる銃撃を避けながら、急いで情報を集める。モルドレッドにシュタルクハドロンによる被害率は想像より低い。だが、重要な兵士が幾人か失われていた。
自分の不甲斐なさにうちひしがれそうになるが、その前にすることはある。
陣形を整え直し、指示を再びルルーシュは出し始めた。
雑魚はある程度片付いている。重要なのはモルドレッド一機だ。
周囲を囲む陣形を取らせ、背後からも狙わせる。
あの機体に密集体型を取るのは、ある意味危険でもあった。しかし重量級のあの機体には、一機で当たったところで装備を砕けるものではない。もっともやっかいな機体だ。
ここで親衛隊達がそれぞれ自分の機体を持っていたとすれば、話はまた違うのだがまだ出せる段階ではない。
それとも――もう、ペンドラゴンは目と鼻の先だ。
出してしまっても良いだろうか。
黒の騎士団として行動を開始しても良い頃だろうか。
いや、しかしこの反乱は公爵が起こしたもの。それに黒の騎士団が参加すれば、今までのからくりが全て明かされてしまう。
内側からウイルスのように蔓延していく謀反が、すべて自分達の策略だとばれてしまう。
それは避けなければならなかった。
国内には国に対する不信の芽を植え付けなくてはいけないのだ。
「持ってくれよ……」
祈るような気持ちで、自分も各個撃破しながらモルドレッドを確認する。
時間は掛かった。しかしようやく敵のIFFがモルドレッド一機のみとなる。
これ以上の戦闘は意味がないとパイロットは気付けばいい。
「散開せよ!」
モルドレッドを囲んでいた機体に、一斉に命令を出す。
攻撃がないことを願いながら見上げれば、モルドレッドはそのまま更に高々度へ上昇し、まっすぐペンドラゴンの方向へと戻って行った。
「助かったか………」
冷や汗の出る戦闘だった。
大きく息を吐き出したが、体中に走っていた緊張はまだほぐれそうになかった。
「アヴァロン、回収を頼む」
首謀者の公爵は既に討たれた後だった。結果としてはいつもと同じになる。
次は、と思う。
次はこの内乱騒ぎに便乗した黒の騎士団として、戦闘を起こすべきだと考えた。
ギアスを掛け、一気に数カ所の内乱を起こす。それに乗じて、海側からペンドラゴンを急襲する。
やはり、無頼は持って来ておくべきだった。
一度取りに戻った方が良いだろう。アヴァロンなら一日の行程で往復が可能だ。
アヴァロンに回収された各機と自分は、しばらくの休憩を得る事が出来た。
今から三カ所の公爵家を回る。
その指示を機関士に伝え、自分も私室へと戻った。
仮面をマントを脱ぐ。今日はさすがに冷や汗ものだった――と、そこには改まった顔をした、スザクが待っていた。
ある程度予想していたことだった。
彼は静かに怒っている。
「俺は、死ぬ気なんかなかったぞ」
先手を打つことにする。
だがスザクは無言のままだ。強い視線で、訴えてくる。
「あんな目に合うのも想定外だったし――第一俺は、お前達ほどKMFの操縦が上手い訳ではない」
「なら、なんであんな最前線に出るの」
「指揮官だからバックに控えていろとでも言うのか?」
「普通の指揮官なら、そうだね。そうすべきだと思うよ」
「頭が動かなければ、下のものはついて来ない――安全な場所から指図されるより、格段に兵士の士気は上がる。そういうものだろう」
「でも、あんな……!」
がばっと立ち上がって、スザクはひどく辛そうな顔をした。
「すまない、こんなやり方しか俺には出来ない。ずっとこうして来た。これからも変えるつもりはない」
「……ならせめてルルーシュ。護衛を付けてくれ」
「状況的に可能ならそうも出来るかもしれない。だが今回は少数精鋭だ。無理だ」
「なら!」
「聞き分けが悪いぞ、スザク。俺は指揮官だ。戦闘に有利だと思えばどんな悪どい手だって使うというのを、お前は了承した筈だ」
「それとこれと話はちが」
「違わない。俺の指揮の仕方だ。これも同じ事なんだよ、スザク」
ちょうど一歩分の距離を開けて、ふたりで向かい合っていた。
まっすぐ見つめ合うスザクの目が、見てる間にうるんで涙がひとつぶこぼれ落ちた。
「――スザク」
「黙って、見てろっていうのかい? 君が危険にさらされるのを」
「スザク」
「そんな事、僕には出来ない。君の指揮官としてのやり方がそうなのだとすれば、僕の戦い方は君あってこその物だ。それを……」
一歩分の距離を、詰めた。
スザクを抱きしめる。
すぐに彼の腕も背中に回って来た。
「俺は死ぬつもりはないし、死なない。死ねない理由がある。お前という存在がある限り、死なない」
「でも今日のあれは、僕が入らなければ死んでいた」
「脱出艇がある」
「じゃあなんですぐに使わなかったの? エラーを起こしてたんだろう?」
「……イレギュラーはいつだって起こる。それに今、俺は生きてる」
「僕がいたから」
「ああ、お前がいたからだ。お前がいなくとも、カレンやビスマルク、ジノがいる。他の隊員もいる。俺はひとりじゃない。俺を失って困るのは、お前だけじゃないんだ。大丈夫だ、いつだって救いの手は入る」
「……それは、ギアスのせい?」
「違う。俺の存在のおかげだ。今まで積み上げてきた実績が、彼等に守らせるだけの信頼を与えた」
そう、とスザクは呟いて、肩口に頭を乗せて来た。
じわりと肩が温く湿る。
泣いているのだ。
それほど、自分が失われる可能性は彼にとって辛かったのだろうか。
――辛いだろう。
自分だって、彼が失われる可能性を考えると指先から冷たくなっていく感覚がする。
悪かった、と告げてその頭を撫でた。
抱きしめられる力は、更に強くなった。
三つの公爵家が蜂起する寸前に、アヴァロンは日本へ向かった。
もはや黒の騎士団の助けは必要ない。あちこちで起こる蜂起こそが問題であり、すぐにやられてしまっても構わないのだ。
ただ、全滅してしまってから黒の騎士団が駆けつけても遅い。
なので、蜂起する前に日本へ向かった。
アヴァロンにはKMFが何機積めるだろうか。それによっては人員を増やしても良い。
海しか見えない航路。
ルルーシュは影崎と親衛隊を呼び、これからの作戦を告げる。
内乱で弱体化したブリタニア本陣を叩くという名目で、黒の騎士団が参戦すること。そのために、現在一時日本に戻っている事。
そのため、日本が逆に狙われる可能性と危険性。
全て詳らかにしておく。
それは通信を開いて日本に残っていた神楽耶と扇、藤堂らも共に聞いていた。
日本側にも備えが必要となるからだ。
ここからが本格的な戦いであり、今までのはただの前哨戦にしか過ぎなかった事を、それぞれに理解してもらう必要があった。
影崎は重い物を背負うかのような不安げな顔をしている。
だが、親衛隊はようやく自分の機体に乗れるのかとの安堵の顔をしていた。
日本側は、神楽耶がきりっとした顔で「お任せください」と一言返してきたのみだった。
本格的な戦闘は、今から始まる。
ブリタニアという国をぶっつぶすのだ。
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