ルルーシュはその場で、仮面を取った。
もはや必要のないものだったからだ。この場には不要なもの。
脱いだそれを、C.C.が預かった。
「珍しい者を連れて来たな、C.C.よ」
まずは彼女への言葉だった。
彼は自分の顔を見た。そして、不敵に笑ってみせていた。自分が誰だかを良く分かっているのだ。
「珍しくもなんともないだろう。お前が欲しがっていた相手だ」
「そうだったな。亡きマリアンヌの遺児、ルルーシュ。愛していたよ、私はお前達の事を」
「嘘だ!」
反射的に口が動いた。
それも、憎しみに満ちた声だった。
愛していたなら、なぜ日本になど送った? 開戦間近と言われる国の首相の元へなど、人質にしてくださいと言っているようなものではないか。だから自分達は脱出した。唯一の味方となってくれた――それも、心からは信頼出来ない、アッシュフォードの手を借りて。
それすらも仮の逃げ場でしか過ぎない。
ミレイは確かに良くしてくれた。その祖父もだ。
しかし貴族から没落してしまった家を再興したいと思うミレイの両親らは、きっといつかは使えるカードくらいにしか自分達を見ていなかっただろう。いや、祖父だって怪しいものだ。
いずれにせよ、自分達には未来がなかった。自らの手で切り開かなければ新しい明日など来る事はなかったのだ。
「嘘ではない。だから、お前たちを日本にやった――枢木なら、お前達を守るだろうからな」
「……どういう、意味だ」
「お前の母を殺したのは、お前の母自身だったからだ、ルルーシュよ」
「どういう……」
「あの女は、心の強い女だった。だが同時に弱くもあった」
これは一体なんの喜劇なのだろう。
ルルーシュは蕩々と語られる言葉が耳を素通りしていくのを感じる。
C.C.が語ろうとしたのも同じ事だったのだろうか? なら、なぜこんな事になっている?
母が自害? まさか。あれはテロを真似た内部の人間の犯行だ。ナナリーまでもが巻き添えになっている。あの気丈な母が自害? 何を言っているのだ?
弱い? どこが? いつも笑顔と叱る時の厳しい、それでも優しさを宿した母が、自害をするような弱さを持つ女だっただと――……?
「テロリストを手配したのはお前の母自身だ。ナナリーは運悪く巻き添えにされただけだろうな。だが、お前達は母を失った事で後ろ盾を失った。この皇宮で後ろ盾を失うと言う事は、皇位継承権があるだけに暗殺の可能性が高くなる。まだ子供だったお前達の事だ、当時友誼を結んでいた枢木にお前達を預ける事にした」
「何故……今になって、そんなことを」
「あの頃のお前は、かたくなになっていた。決して信じはしなかっただろう」
「今も信じるものか! 母が自害?! ナナリーまでも巻き込んで?! あり得ない!」
「なら、何故マリアンヌは自ら警備を手薄にした。何故私の前で弱い女を演じ続ける必要があった」
「……俺たちの診ていた母さんは、偽物だったと言う事か」
「いや。理想の母でいたかったのだろう。それだけのことだ」
「それが彼女に負担を強いていたのか…?」
「それは誰にも分からない」
「そんな……そんな事が!」
――失望するだろう。
C.C.の言葉がよみがえった。
ああ、失望した。いや、絶望した。
自分のしてきたことは、一体何だったのだろう……と。
母を虐げたのはむしろ自分達であったかもしれないのに。
思わず立っていられなくなり、膝をついた。
この男の前で無様な姿など見せたくなかったのに、告げられた真実はあまりにも酷だった。
ノネットの機体が爆破されたことで、戦場は一時の静寂を得た。
後は、ゲフィオンディスターバーに捕らわれた二機のラウンズのみだ。こちらも決着は早くに着くだろう。いや、もうついているかもしれない。
ランドスピナーを響かせ、移動を開始する。
近い場所にいたのは、モルドレッドだった。確かにびくりとも動かない。そして、損傷はひどかった。
「どうだ?」
『――もう、動かないかと』
「分かった」
そして、スザクは一度機体を降りた。生身の体に銃だけを持ち、ゲフィオンディスターバーの有効範囲内へと入る。ひどい損傷を受けた外装に傷つけられないようにしながら、スザクは機体をよじ登った。そして、外からコクピットを強制射出させる。
「………待ってたわ、枢木の息子」
そこには十五のピンクの髪を結わえた女の子が乗っていた。だが銃口をこちらへ向け、まっすぐに瞳を見て来る。
「どういう、意味だ」
「あなたの傍なら無事だと思っていたのに――よくも」
銃弾が放たれる。人並み外れた反射神経でそれをよけ、自分も銃口を彼女へと向けた。
「お前は誰だ。アーニャ・アームストレイムではないな」
十五の小娘の気迫ではなかった。これは、歴戦をくぐり抜けて来た強者の顔だ。そして、女の顔だった。
「私はマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。ルルーシュの母よ」
「……何を」
「私はギアス能力者。死の直前、記憶を渡った。彼女の中で生き続けていたのよ」
「何故、そんな事を」
「私じゃああの子たちを守れないから」
「……意味が分からない」
「そうでしょうね」
そう告げ、彼女は女の顔でふっと笑った。
「私をルルーシュの元へ連れて行って。来ている事は知っているわ」
簡単に頷く事は出来なかった。彼女が何者なのか、スザクにはまだ判別出来かねたからだ。
「お前には、酷な真実だったようだな」
C.C.ががっくりと膝をついた自分の肩に手を乗せる。
「だが、これが真実だ」
「――俺は、なんのために」
「母のかたきは撃てなくなった。だが、お前にはもうひとつ目的があったはずだ」
「ああ……そう、だったな」
ルルーシュはゆっくりと立ち上がった。そしてまっすぐに皇帝の目を見る。
「お前は何故このような戦略を練った。そして、弱者を虐げる」
「生きる意味がないからだよ。マリアンヌですら死んでしまった、ならばその世界には強者しか必要ないではないか――違うか?」
「母さんのせいにするつもりか」
「いや。自分の問題だな――私は、私に不幸をもたらすかもしれない者を排除したかった。自分の愛する者が再び死を選ぶ事を許せなかった。強いものしかいない世界ならば、私の愛した者は皆生き延びるだろう」
「そんな自分勝手な…!」
「そう、自分勝手だ。それが許される立場に、私はあった。だからそれを実践したまでだ」
ぐ、と手のひらに力がこもり強く握りしめた。
「あなたは私やナナリーを愛していたと言いましたね。だが、私たちは弱者です。死を賜るしかない、弱者だ」
「お前は違う。そうやって立ち上がって来たではないか。そして――そう。私を殺そうとしている」
「ああ、そのつもりだ。お前がいる限り、ナナリーの安息の地はない」
「ナナリーの責任にするつもりか?」
挑発するような笑みを向けられたが、それに乗る程軽いルルーシュではなかった。
「そうだな。ナナリーの件もある。だが私も逃げず、隠れず、生きれる場所が欲しい。そのためにお前を殺す」
「生きればいいではないか」
「お前の息子だというだけで、私には選択肢が隠れた生か死しかなくなったのだよ!」
そして銃口をまっすぐ皇帝の眉間に向けた。
「――そうか」
銃を使うべきであろうか? それともギアスで殺すべきだろうか。
逡巡した。
その間の、事だった。
「連れて行きなさい、ルルーシュのところへ!」
銃口を向けた少女は、それだけを訴えた。
彼女自身はただの少女でしかない。力で押さえ込めない相手ではなかった。
「分かった」
スザクは、頷く事にした。
「俺たちが守れなかったルルーシュへの贖罪だ。それだけだと言う事を忘れないで欲しい」
俺、と自分を呼んでいた頃の事を思い出す。
あの大げんかをした夏の一日。たった一日だけの、深く心に刻まれた日。
それをもたらしたのが彼女であると言うのなら、感謝の気持ちもそこへ込めよう。
こうやって再会出来、愛し合う事が出来たのはあの日があったからこそなのだから。
彼女の両手は年の為に、KMFに積む込んである包帯で拘束した。銃はもちろん取り上げた。
「どこへ向かえばいい?」
「皇宮へ」
「分かった」
「ちょっと、どうしたの、スザク!」
事情が分からないカレンが、ゲフィオンディスターバーの有効圏外から声を掛けて来る。
「彼女をルルーシュの元へ連行するよ。この場はもう、任せて大丈夫だね?」
「ええ、それは大丈夫だけど……でもなんで?」
「さあ。僕にも良く分からない」
肩をすくめて、少しだけ笑う。
なにそれ、と彼女は言いながらももう一方のパーシヴァルの方へと向かって行った。
モルドレッドはもはや敵ではなくなったのだ。
そして、皇宮へ向かう。
小柄な少女だった。ランスロットに乗せても、余裕で空間が余る。十五歳にしては小柄すぎるような気もしたが、それは彼女の特殊な状況のせいかもしれなかった。
「やめて!」
皇宮の扉が開かれたのは、まさにルルーシュがトリガーを引こうと思った瞬間だった。
指先にこもった力が抜け、反射的に背後を見る。
「スザク……それは誰だ」
そこにはスザクと、小柄な少女が立っていた。今悲鳴のような声を上げたのは、少女だったのだろう。
「それに、何故ここにいる」
「――私が説明します、ルルーシュ」
心のどこかが、震える気がした。
その喋り方、声のトーン。少女の声なのに感じさせるある意味あらがいがたい感覚。
「私は――」
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