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背中越しの体温 2


 転校生というのは、大体パターンが決まっている。
 新しい生活の場に馴染みたいと思うものがほとんどであり、そして知らない同世代の生徒達の前に立たされるということに若干の恐れを抱く。
 好意的に映るようにと、笑顔を浮かべたり、こびた態度を取るものだ。
 だがルルーシュはそのどれもしなかった。
「ルルーシュ・ランペルージだ。よろしく」
 表情は素のまま、無表情に近く、声は硬質だった。
 顔の出来は幸いにも良い。女子たちがざわめきたってるのには気付いていたが、その挨拶に教室中はしんとした。教師すらも少し慌てているようだった。
「ルルーシュくんは、今まで事情があって学校には行っていません。ここが初めての学校になります。みなさん、仲良くしてあげてください」
 女性教師が出来るだけ笑顔でそう告げたが、まるで小学生を相手にしているかの様子だった。それとも自分の知識が偏っているだけで、普通はこういうものなのだろうか?
 残念な事に、教室の中にはスザクの姿はなかった。別のクラスになってしまったのだろう。ナナリーは完全にひとりぼっちだ。車いすで盲目というハンデを背負った彼女は今日と言う日を上手く乗り越えられるだろうか――?
 彼女は事情を知り、とても嬉しそうにしていた。
 知らない外の世界に出れる事に、嬉しさを感じていたのだ。
 だが人の群れの中に入るという事は、好意的に受け取られることもあれば、逆に何故か悪意を抱かれる事もある。
 ナナリーは人の悪意を買うような人間ではない。多少ひいき目があったとしても、あれほど優しく人を思いやる子はいないだろう。だが、悪意の芽と言うのはどこから産まれるか分からないものだ。
 人と違う。それだけで嫌悪の対象にもなりうる。
 そんな事ばかりを心配していたせいか、だからルルーシュは新しい教室でも特に馴れ合おうともせず、窓際に与えられた席でずっと外を見ていた。
 授業は退屈な代物だった。
 これなら、家でスザクの教科書を見ながら自分で考えた方が早いと言ったレベルだ。
 だが、協調性を養うのも学校という場所の役割であり、それくらいは知っていたルルーシュは途中で席を立つなどという愚行を犯さず静かに座っていた。
 最初の挨拶がよほど印象的だったのだろうか。それも、悪い方向に。
 彼に近寄ろうとする生徒たちはほぼいないと言っても良かった。
 好奇心に駆られ、やってきた数名もナナリーを心配するがあまりに生返事になってしまい、いつの間にか姿を消していたという有様だ。
 これじゃあいけないのかもしれない、と気付いたのは昼になった時だった。
 昼食は枢木の家で弁当を作り、持参している。
 ナナリーもスザクも同じものを食べているだろう。
 今朝ばかりは、枢木神社から学校へ向かわなければいけなかったからだ。
 そういえば、キッチンなどは併設されているのだろうか。寮での生活は車いすでは難しく、そして男女別棟になっているのでナナリーとは一緒に暮らせないとの事で、枢木ゲンブは他の手を打つと言っていたが、それはどのような事なのだろうか。
 学園は、おおむね好意的な人間の集団で過ごし易そうだった。それを無意識のうちに無碍に扱ってしまっているのはルルーシュなのだが、後からいくらでも取り返す事は可能だろう。
 なにせ、ここにはスザクがいる。誰も友人など出来なくても構わなかった。
 スザクさえいれば、ルルーシュは安心出来る。



「こんにちは、あなたが転校生のルルーシュ?」
 放課後になって、金髪の元気そうな上級生が教室を訪れた。ひるむ事無く、中までずかずかと入り込んで、ルルーシュの机の横に立つ。
「話は聞いてるわ。私、生徒会長のミレイ・アッシュフォード。よろしく」
「アッシュフォード……」
 母の後ろ盾だった名前と、同じだった。だがまさかこんな離れた異国の地になど、彼ら貴族がいるはずがない。いや、貴族を剥奪されたのだっただろうか? いずれにせよ、日本などと言う極東にいるはずがないのだ。
「ええ。ここの学園の理事長の孫。よろしくね」
 にこっと笑った笑顔は華やかだ。貴族と言われても納得するだろう。
 こういう場面に慣れた顔だった。
「よろしくお願いします」
 軽く、会釈をする。
 彼女には今後も世話になるだろう。低姿勢にしておいた方が良いと、とっさに判断する。
「じゃあ、案内するから。スザクとナナリーも途中で合流しましょう」
「ええっと……」
「あら、聞いてない? 今日からあなたたちが住む所。寮じゃマズいんでしょ?」
「ええ」
 ええー、と、教室に残っていた生徒達ががっかりしたような声を出していたのを聞く。
「なんだ、ランペルージは寮生じゃないのか」
「せっかく仲良くなるチャンスだと思ったんだけどなあ」
 などと言っているのは、きっと今日の授業が完璧に近かったからに違いない。
 当てられた問題に関しては教師も舌を巻く勢いで完璧な答えを提示した。
 特に論述に関しては自信がある。歴史の教師は、「君は本当に学校へ行っていなかったのかね?」と逆に問い返される程の有様だった。
「まあ、毎日学校には来るから。その時によろしくな」
 と、彼らには今朝の失敗を思い出して、軽く微笑む。その笑顔に、女子生徒達が騒ぎ出す。
「ええと……ここじゃあ問題有りそうだから、さっさと向かっちゃいましょうか」
 どうやら、今朝の失態は取り戻せているようだった。
 同級生たちからは、好意的な目で見られている事を自覚する。
「はい。少し待っていただけますか」
 急ぎ、帰り支度を整えた。とは言っても教科書と簡単な筆記具を指定の鞄にしまうだけの間だったのだが。
「じゃあな、ランペルージ」
「ルルーシュくん、バイバイ!」
 それらの声に軽く手をあげ挨拶代わりとすると、先に廊下に出ていたミレイと合流した。
「なんだかすごいわね、ルルーシュって。一日にして人気者? やるねえ」
 えい、えい、などと肘で小突いてくる。
 彼女も少々変わった人種のようだった。
「で、スザクとナナリーは?」
「スザクは離れの教室、ナナリーは別棟よ。案内するから着いてきて」
 今日一日、スザクには会わずじまいだった。何の事はない、離れに教室があったからなのだ。それには気付けなかった。
 短い渡り廊下を歩き、三クラスだけ別にされた教室の一番端を開ける。
「ルルーシュ!」
「スザク」
「どうだった、今日一日。様子を見に行きたかったんだけど、父さんに厳しく禁止されてて……。無事過ごせた?」
「禁止? なんでだろうな――まあ、それなりにつつがなく」
「つつがなく、なんて今時日本人も上手く使えないよ」
 と、スザクは笑う。
「その様子だと、上手く馴染めたみたいだね」
「ああ」
 と、午前中の事は棚上げして、答えておいた。無駄に心配をかけるのは本望ではないからだ。
「クラブハウスに住む事になるそうだよ、僕たち」
「ストーップ!」
 そこで、ミレイが大きな声を出した。
「なんでバラしちゃうかなー、せっかくのサプライズだったのに!」
「え、そうなの? ゴメン」
「そう簡単に謝られちゃ………ミレイさん、諦めなきゃしょうがなくなるわ」
 と、がっくしと演技くさく落ち込む振りをする。
 面白い人だと思った。
「まあ。どうせ分かる事だしね。後はナナリーを迎えに行きましょ」
 そして三人で、中学棟へと向かった。
 彼女も上手くクラスには馴染めたようだった。足が動かない、目が見えない。そのハンデを背負ってさえ、彼女は常に心優しく他者に気を配る人間だ。それが伝わったのだろう。
「あれ、ナナリーのお兄さん?」
「やだ、かっこいい!」
「紹介して?!」
「えーっと……」
「ルルーシュ・ランペルージだ。ナナリーの事をよろしく頼む」
「は、はい!」
 と、女生徒達は一斉に頷く。ぽーっとなっている女の子もいた。
「じゃあこれで全員ね。ナナリー、もう帰れる?」
「はい、準備はできています」
「それじゃあ向かいましょうか」
 と、ナナリーの教室を後にして、クラブハウスとやらへ向かう事になった。
 この学園はバリアフリー化されている。ナナリーにとっても過ごし易い場所になるだろうとルルーシュは安心していた。
 エレベーターに乗り、一度一階まで降りると外へ出る。
 そして、校門から正反対の方向へと向かい始めた。
「一応、この学園では生徒全員がクラブ活動に入る事になってるの。あなたたちはどうする?」
「スザクは何をやってるんだ?」
「僕は柔道部と剣道部の件部」
「ああ。なるほど、向いてそうだな」
「他にもいろいろあるわよ。文科系も充実してるし、なんだったら生徒会だって歓迎よ」
「生徒会にそう簡単に入れるのですか?」
「あなたたちは特別だから。特にナナリーね。心配だったらふたりして生徒会に入ってくれてもいいわ。手が足りなくて困ってるところだし」
「――少し、考えさせてください」
「ええ、もっちろん。さ、ここよ」
 と、たどり着いたのは、西洋建築の立派な二階建ての双子の建物だった。
「そっち左側は体育会系。右側が文化部系。生徒会は右の一階にあるわ」
「ここに、住居なんてあるんですか?」
「それがあるんだな。生徒会用に、キッチンと仮眠室を作っておいたの。文化祭前とかになるといろいろ忙しくなっちゃうし。入口は別、こっちよ。完全独立制だからプライバシーは安心して」
 右の建物の、中央ではなく右外に付けられた証文キーを解除すると、内側は綺麗に整えられた西洋風の廊下になっていた。
「この廊下をまっすぐ行って、突き当たりが寝室二つ。そして、左側にキッチンとリビング。バスルームとお手洗いは左側。まあ、三人で暮らすにはちょっと窮屈かもしれないけど、これで我慢して」
「十分です」
 リビングは南側に向いていて、明るく広々としている。
 テーブルを置かれたそこがダイニングも兼ねているのだろう。だが、ナナリーに取ってはその方が便利だ。
「寝室は家族で分かれるか、男女で分かれるかは好きにしてちょうだい、だって。間違いだけは起こさないようにって」
「間違いもなにも、僕たちはいままでずっと一緒に暮らしてきた家族みたいなものですよ」
「そうよねー。おじいさまってば気を回し過ぎなのよ。まあ、同じ学園内で女子と男子が同じ棟で暮らす事になるのは初めてだからね。ちょっと過敏になっちゃってるのかも」
「どうする、ナナリー?」
「私、ひとりでも大丈夫ですよ」
「じゃあ、俺とスザクとで一部屋つかおうか」
 実際、その方が良かった。
 彼女も一応は女の子であり、人の手を借りる事もあるが着替えなどは兄であろうともあまり見られたくないだろう。
「あ、それと。お手伝いさんって必要?」
「え? そこまでしてもらえるんですか?」
「一応。うちのメイドの一人になるけど、日本人がいるの。手を貸す事は可能よ」
「出来れば、ナナリーのために居てもらった方がありがたいかもしれません」
 そろそろお風呂に入れてあげるのも、ためらわれる年齢になってしまった。
 女性の手を借りれるのだとすれば、これ以上の良い手はないだろう。
「介助も出来る筈だから、そしたら手配しておくわね。それぞれの荷物はリビングに積んであるから。後で開封してちょうだい」
「ありがとうございます」
 そろって、ミレイへ頭を下げた。
「いやね、別に私は何もしてないわよ。おじいさまの伝言を伝えてるだけ。キッチンんも部屋にも、生活必需品は一応置いてあるから、足りないものがあれば伝えてちょうだい。揃えるから」
「いいんですか?」
「もちろん。お財布は枢木家だけどね」
 そこで彼女はちょこっといたずらっぽい笑みを見せた。
 この部屋のしつらえは、多分枢木家の用意したものだったのだ。
 ナナリーの事を考え、そして自分たちが楽に暮らせるようにと手回ししてくれたゲンブへ感謝の念を感じた。



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2011.5.20.
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