荷解きと言っても、そう荷物がある訳ではない。
着替えが数着と、本が何冊かある程度だ。ルルーシュの荷物は段ボール一箱に納められていた。
なんて生活をしていたのだろう、とそれに苦笑が浮かぶ。
だが、スザクはさすがにそういう訳にはいかない。
特例で自宅通学を許されていたそうだから、学業に関する一式と部活動の道具だけでも一山になった。そこへ、私服や何故か救急箱(後で聞けば、部活動での生傷が絶えないらしい)、本やなんだとあるので、段ボールは五箱もあった。
さすがにスザクもその山を見て、辟易している。
さっさと自分の物を片付けてしまったルルーシュは、そんなスザクを見て笑った。
「開けないと、いつまでも終わらないぞ」
「え、ルルーシュもう終わっちゃったの?!」
「ああ」
作り付けのクローゼットはすかすかだし、机の上も必要最低限といった感じだが、ルルーシュにはもう片付けるべきものがない。
「手伝ってー」
「後で、まだ残ってたらな」
なんとも情けない声をスザクは出したが、その前に自分はやる事があった。
ナナリーの分だ。
既に手配すると言ってくれたメイドさんはいるのだが、彼女に全てを任せきりにする訳にはいかないだろう。
「あ、ナナリー?」
「ああ、様子を見てくる」
「分かった、いってらっしゃい」
部屋の作りは、分かり易いふたり部屋だった。
部屋の左右に分かれ、クローゼットが壁際にあり、正面には机。ベッドが比較的近い場所にある。空間には余裕がかなりあった。
本来なら生徒会全員が寝泊まりするよう作ったのであろうから、ベッドが後ふたつやみっつは入る予定だったのかもしれない。それくらいはなんとか入りそうな部屋だた。
南側には大きな掃き出し窓があって、明るくて気持ち良い。
スザクの家も好きだったが、ここも好きになれそうな予感がしていた。
扉を開けて、すぐ横の扉を開く。
そこは自分たちの部屋より一回り小さなものの、ひとりで使うには広すぎるかもしれない部屋だった。
「あら、ルルーシュ様」
「お兄様? 来て下さったんですか?」
「ああ。――咲世子さん、どうですか?」
「ちょうど良かったです。それぞれ、どこへしまったらいいか考えてしまっていて」
ナナリーの荷物はルルーシュの物より、若干多い。
それはスザクやルルーシュ本人が一番に甘やかし、少ない小遣いからいろんなものを買い与えていたからだった。
子供の頃からのそれを大事に持っているナナリーの荷物は、だからがらくたに近いものも含まれている。
「ああ、俺がやりますよ。咲世子さんは服をお願い出来ますか?」
「ええ、分かりました」
「お兄様、宝物は机の上に並べておいてくださいね!」
さすがに下着などはそろそろルルーシュが触るのは抵抗がある。彼女に任せた方が良いだろうと判断した。
「はいはい」
宝物とは、例のがらくたの事だ。
兄とスザクをこよなく愛するナナリーに取っては、どんなものだってふたりからもらったものは宝物なのだ。
だが、さすがにこれはちょっと……と思うものも中には存在する。
きっとスザクのものだったのであろうミニカーや、うんと幼い時に渡したのであろう、おもちゃのネックレスなど。
こっそり処分してしまうと、多分怒る。
でも、あまり目立った場所に置くべきではないなといろいろ考えながら、机の端にあった飾り棚に、それぞれを並べて行った。
ナナリーには後で、どう並べたか告げておいたほうがいいだろう。
それとも先に手で確認してしまうだろうか? 彼女は何をもらったのか全てを記憶しており、その形状も手で何度も確認して覚えてしまっている。
きっと自分で待ちきれずに確認するだろうなと、その姿を思えば自然と笑顔が浮かんだ。
後は、勉強道具だ。
急遽手配したものだから、これは別送で届いていた。
本棚に、教科書を。筆記具は大きな薄い引き出しへ。
それぞれを納めて行く。
きちんと点字の入った教科書は、元からあったものなのだろうか? それともこの短時間で作らせたものなのだろうか? それは分からなかった。
「ナナリー、教科書は本棚、筆記具は引き出しだから後で確認しておいてくれよ」
「はい、分かりました」
「ちゃんと教科書には点字が入ってる。それも確認した方がいいな……そういえばお前、今まで勉強などしてこなかったけど学校へ行って大丈夫か?」
「えーと………」
と呟きながら、顔がじわじわと赤くなる。
「あのっ、お兄様が行くならって思って。つい……」
「そうか」
苦笑が浮かぶ。
「分からない事があればきちんと教えるから、分からないままにしておくんじゃないぞ? いいな?」
「は、はい!」
赤く染まった顔のまま、元気よくナナリーは返事した。
咲世子の片付けも、およそ終わったようだった。
「咲世子さん、ありがとうございます」
「いえ、これがお仕事ですからお気になさらずに。――夕ご飯のしたくはどうしましょう?」
「ああ、それは俺がやります。後で買い出しに出なきゃな……。何があるかも確認しなきゃいけないし」
「そうですか」
少し、彼女は驚いた顔をした。
それはそうだろう。一番家事とは縁遠い年頃の男子が夕ご飯を作ると言うのだから。
彼女は通いのメイドさんだ。元々はアッシュフォードでの仕事がある。
だが、彼女にナナリーを預けて良いかどうかの判断はしなければいけなかった。
直感ではこの人なら大丈夫と思っているのだけれども、それだけで判断を下すのは危険だ。なにせ、大事なナナリーの全てを預けることとなってしまうのだから。
「では、お茶を入れてもらってもいいですか?」
「はい、もちろんです」
そして彼女はキッチンの方へと向かって行った。
「どうだい、ナナリー。咲世子さんの第一印象は」
「とても素敵な方です。気遣いもしてくださるんですけど、過剰なものではなくて……えーと、あの。なんだか、普通に接して下さるんです。それが嬉しくて」
「ああ。そうなのか」
自分たちは過剰に甘えさせ過ぎていたかな、と少し反省してしまう。
だが、ナナリーには
「お兄様たちと違う種類の方ですね。ああいう方も大好きですよ」
と、先回りしたのか、フォローめいたものをされてしまった。
「そうか。これからは、咲世子さんにお世話になる時間も増えるだろうと思う。仲良くな?」
「もちろんです」
にっこりと彼女は笑った。花がほころぶかのような笑顔だった。
咲世子に入れてもらったお茶を飲み、一息ついてからだ。
再びルルーシュは自分たちの部屋へと戻った。
部屋では、取りあえず衣服からとでも思ったのか、クローゼット前で格闘しているスザクがいた。
「お前………何やってるんだ」
「え、片付け。わあ、戻って来てくれたんだルルーシュ! 手伝ってくれるよね?」
「それは構わないんだが、何をやってるんだ?」
「さっきから道着を片付けてるんだけど、どうしても上手く入らなくて……。あ、道着じゃない。防具。さすがにかさばるんだよね、こういうのって」
と、言うので「バカか、お前は」とうっかり口走ってしまった。
「え、今バカって言った?!」
「ああ、言った。そういうのは、部室においておけばいいんじゃないのか?」
「でもみんなが置いてるから、もうスペースがなくて」
「スペースなんてのは作るものだ。大体、毎日そんなものを抱えて学校に通っていたのかお前は」
「う。うん」
大したかさばりようだ。防具と言うからには剣道のものだろうが、確かに自分の全身を覆うためのものだとすれば大きさにも納得がいく。
「明日、それは学校にもって行け。そして適当にスペースを作って押し込め。邪魔な上に、非効率この上ない」
「ええっ、そうかなあ」
「そうだ」
そっかあ……と、強い調子でルルーシュに告げられ、がっくり来ているスザクが妙にかわいらしい。少々残念な頭の持ち主であることが、これではっきりと判明した訳ではあるが、子供時代より一緒に生活しているのだ。今更でもあった。
「で、まだそこだけか?」
「う、うん」
「じゃあ机は俺がやる。どの箱だ?」
「横に書いてあると思うよ」
「分かった」
と、手伝いに参加した。
目当ての箱は、一番下に存在していた。
結論から言えば、スザクの片付けが一番大変だった。
彼もがらくたを溜め込む癖があるらしい。ナナリーのそれは、理由が分かる。だが、スザクは子供時代に遊んだビニール製のおもちゃを持ち込んだりしていて、一体これをどうするつもりなのかと何度も聞いた。そんなものが多すぎたのだ。
おかげで、五箱のうち半分は送り返す事となってしまった。
スザクは非常に残念そうな顔をしていたが、ここはふたりの部屋でもあるのだ。意味不明な身長の半分程もある怪獣が部屋に居ては困る。
教科書とノート、筆記具を最後に整頓し終えると、スザクもようやくクローゼットを片付け終えたようだった。
多分、自分が見たらやり直しを命じるレベルなのは間違いない。
それはそのうち、自分がいちからやり直した方がいいだろうなと諦めて、今日の作業は終了させた。
冷蔵庫を見ると、中は綺麗にすっからかんだった。
それが逆に、ゲンブの気遣いだと分かって自然と笑みが出る。
最初から用意されている食材が、既に自分たちを害するものではないと分かってはいるのだが、抵抗があり使えないのだ。
「おい、買い出しに出るぞ」
「うん」
ナナリーにしばらくの留守を伝え、後を咲世子に任せると、ふたりで街中でと出た。スーパーマーケットの場所は聞いている。だが近い内にこの近辺も探索しないとなと、ルルーシュは思った。
にぎやかな繁華街だ。
きっとナナリーが外に出る事はないだろうと思うが、柄の悪い場所などがあっては困る。
もしもの時に備えておくのは、既にルルーシュの癖のようなものになっていた。
「ルルーシュ、置いて行くよ」
「あ、ああ」
いつの間にか先に歩いていたスザクに駆け寄った。
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