昼食を終えて、幾分気持ちは上を向いていた。
スザクに嫉妬していたのだが、同じようにスザクだって嫉妬してくれた事を知ったからだ。
今までの狭い世界とは違って、こういう事は山のように出てくるだろう。スザクの彼女を目撃することもあるかもしれない……そう思うと、少し憂鬱な気持ちになる。
自分の一番がナナリーとスザクであるように、スザクにとっても自分とナナリーが一番でいて欲しいという気持ちが存在しているからだ。
でも、それは我が儘と言うものだろう。
今までそれでも自分達を優先してきてくれていた事に対して感謝しなければならないのかも知れなかった。
午後の授業はスムーズに流れてゆく。
せめて今日の夕食は、スザクの好きなハンバーグにしようと決めた。
材料なら昨日の内に買っておいた中にあるはずだった。
「ねえ、ルル。さっきのって枢木君?」
五時間目が終わった後に、シャーリーがやってくる。彼女が一番に付き合いやすそうだった。
「ああ、幼なじみなんだ」
「ああ、それで」
「それで、とは?」
「急にこの学園に来るようになったこと。普通、今まで学校に行ったことがなかったなら、ルルって貴族っぽいから一般人も通うとこじゃなくて、そういうところに通いそうだなと思ってたんだ」
「残念ながら、貴族じゃないんだ。一般人だよ」
「え、そうなの?」
「そう」
本気で驚かれた。
確かに皇族だ。だが生活は庶民そのもののものを子供時代から送っている。自分で買い物に出かけ食事を作り、ナナリーの介護をする。もしかしたら普通の子供より、過酷な生活を送っていたかもしれない。
それでもまだ貴族程度には見えるんだなと自嘲めいたものが浮かんだ。
「じゃあ、どこに住んでたの? ブリタニア居住区だったのかな」
「いや、親がいないんだ。幼い頃からスザクの家にお世話になってる」
「あ、ごめん…」
「大丈夫だよ、昔の話だから」
軽く、微笑んで彼女の気持ちを軽減させてあげる。人と言うのは身近な人の生死に過敏になるものだ。実際自分はまだ、母の死を引きずっている。父を憎んでいる。
だがそれは自分の内側にだけあればいいもので、知り合ったばかりの彼女に負担を掛けていいものではなかった。
「じゃあ、枢木君とは本当にずっと一緒なんだね。一年の時、私一緒のクラスだったんだよ。ルルーシュって名前は何度か聞いた事があったの。本人だとは思ってなかったんだけど、なんとなく親近感持っちゃってて――ごめんね、馴れ馴れしいよね、私」
「いや、好ましいよ」
そう言えば、きゃあと周囲から声が上がった。
「こ、こ、好ましい、とか……そういうのは、余り、言わない方が、いいと思う」
シャーリーまでもが言葉に詰まりながら、そう言った。顔は真っ赤だ。
「そうなのか?」
「うん」
と、すごい勢いで上下に首を振られ、
「勘違いされちゃうからね。ルル、格好良いから女の子にあっという間に人気なんだよ。色んな人にそんな事を言っちゃったりしたら、パニックになっちゃう」
「心配しなくても、好ましくない人間には言わないさ」
「そ……そう?」
かあっ、と、彼女の顔は更に赤みを強く帯びた。
「ちょっと、嬉しい……かな?」
えへ、と笑顔を見せた彼女は確かに可愛かった。好ましい子だなとの思いはぬぐい去れなかった。
「今日はシャーリーって子と友達になったよ。スザクの友達なんだろ?」
「え? シャーリー?」
夕食の席だった。予定通りデミグラスたっぷりのハンバーグを作ればスザクは子供のように喜ぶ。
だがその名前を聞いて、ひどくびっくりしたようだった。
「なんだ? 友達じゃなかったのか?」
「あ、いや。友達だよ。誰とでも仲良くなれるいい子。僕も仲良くしてもらったんだ」
一瞬、むっとした感情が走る。
仲良くしてもらったってどの程度だろうか。彼女だったのだろうか。
あの子ならば、付き合うにしてもおかしくはないだろう。スザクにもお似合いに見えた。
「そうか」
ついそっけない返事をしてしまい、しまったと舌打ちしそうになる。
これじゃあ、朝の繰り返しだ。
そんな事もあったかもしれないと今朝納得した筈なのに、自分と来たら全く学習心がない。
「私もお友達出来ましたよ。ロロって言うの」
「ロロ? 男の子じゃないのか?」
「ええ」
するっとナナリーが問題発言をしてくれた。
「隣の席なんです。色々と気遣いしてくれるんだけど、それが全然嫌味じゃなくて。それに、気遣いしてるって言っても普通の人に対するようなものと似てるんです。だから、嬉しくなっちゃって、私から友達になって下さいって言っちゃいました」
「ナ、ナナリー」
「それって……」
「え? なにか問題でも? ロロは、僕で良かったらって言ってくれましたよ?」
ルルーシュは呆然としてしまった。
ナナリーまでもが他の誰かに持って行かれてしまう。
スザクはスザクで、その言葉の続きの意味を知っているので、焦っていた。
「ナナリー、普通この年頃の女の子は、男の子に『友達になりましょう』って言ったら、『お付き合いしましょう』って意味に近くなるんだ」
「ええ、だからお付き合いしたいんですけど……」
「意味が違うぞ、ナナリー! お付き合いというのは、お友達としてではなく、恋人としてだ!」
「ええ? そ、そうなんですか……スザクさん?」
「………うん」
「ど、どうしよう。そんな事考えてなかったのに。あの……これ、明日ロロに謝った方がいいでしょうか?」
急にあわあわしだしたナナリーと、パニックに陥っているルルーシュ。スザクは頭を抱えていた。
このふたりは天然だ。
人付き合いというものをしてこなかったから仕方がないのかもしれないけれど、それにしても天然に過ぎる。
きっとシャーリーにもルルーシュは問題発言をしているに違いないと思い、尋ねてみる。
「ルルーシュ、ところでシャーリーには変な事言ってないよね?」
「え……あ、ああ。多分」
「多分?」
「ああ。余り、そういうのは言わない方がいいとは言われたけど……」
「何を言ったんだい?」
「好ましい、と」
ああ、ダメだとスザクはやっぱり頭を抱えた。
学校に行かせると言うのがそもそも突然過ぎたのだ。もっと早くに父が教えてくれていたなら、人付き合いのノウハウくらいは教えてあげられたのにと思う。だが、頭脳明晰なルルーシュや、人当たりの良いナナリーがこんな間違いをしでかすなんて想像の埒外だったので、教えようもなかったかもしれない。
そんな風に思っているスザクを、ルルーシュは別の意味で見ていた。
やはり彼女だったのではないか――との疑念を強めていたのだ。
その元か今かの彼女に好ましいなどと告げれて、気を悪くしたのかもしれない。
「あの、すまなかったスザク。シャーリーはお前の特別な人間なんだろう?」
「確かにそうだけど」
ああ、やっぱりとルルーシュは確信を深めた。
「でも、別にそういう問題じゃないんだ。君たちふたりの対人スキルがここまでだとは思ってなかった……ごめん、先に教えておいてあげなくて」
「いや、構わない」
むっとして、ルルーシュは食事に手を付けた。
ちょっとした騒ぎがあったせいで、食事はやや冷めかけている。
やっぱりシャーリーはスザクの彼女だったのだと思うとどうしても嫌な気持ちになってしまうのだ。彼女自身は、確かに好ましい。スザクだって大好きだ。だが、ふたりが特別な関係にあったと言う事実がちくちくと心臓を突き刺す。
味なんて良く分からなかった。
「あ、ナナリーは明日ロロに謝らなくていいからね。そんな事したら、男の子は傷つきやすく出来てるから、ショック受けちゃうと思うんだ。だから、他にも友達いっぱい増やして、特別じゃないって思うようにしていった方がいいと思うよ」
「……はい、分かりました」
ぐ、っと力のこもった返事だった。
明日から彼女は友達作りに奔走しなければならないだろう。もっともナナリーの事だ。既に友人らしいものはいるに違いないけれど、言葉にはしていないだけだろう。
「ちゃんと、ロロと同じように『友達になってくださいね』って告げるんだよ?」
「はい!」
良い返事だ。
「そしてルルーシュ」
「なんだ」
「好ましいとかって言葉は好きだって思われても仕方ないから、あんまり使わない方がいいよ。余程特別な女の子が出来たら別……だけど……」
「心配しなくてもシャーリーに既に言われた。それに、シャーリーに手を出すつもりはないから安心しろ」
「どういう意味?」
「特別な関係だったんだろう?」
ルルーシュの表情は冷たい。それに気付いたスザクは、ああまた何か勘違いをしているなと気付き頭を再度抱えたくなった。
この兄妹は完璧だと思っていたのに、なんて事だろうか。
やっぱり引きこもらせておくのがいけなかったのだろうか。いや、いけなかったに違いない。
自分としか接しないものだから、たくさんの人や、思惑や、下心などに気付けなくなってしまったのだ。
それはそれこそ好ましいものではあったけれども、学生生活を送る上では、色々とややこしくなってしまう。今でこそ転校生としてちやほやされているかもしれないけれど、その内、そのちやほやが招くトラブルもある。嫉妬した男子生徒に呼び出されて殴られても、ルルーシュの事だ。喧嘩にもならないだろう。
「特別って言っても、同じ体育会系部の代表で顔をしょっちゅう合わせてたからね。仲の良い友達なだけだよ」
「――友達」
妙な間を置いて言われた言葉が不気味だ。
何を想像してたのだろう?
「あ、もしかしてルルーシュ、僕とシャーリーが付き合ってたとかって思ってる? それはないから。ないない!」
急に思いついたそれが正解のようだった。
「なんだ、そうだったのか」
と、ルルーシュの態度が軟化する。
すると……どういう事だろうか。ルルーシュは今日一日でシャーリーをそこまで気に入ったのだろうか? 付き合いたいと望む程に?
「彼女はフリーだった筈だよ。人気はすごく高いんだけどね」
「そうか」
学年一と言っても過言ではない人気がある。元気で裏表が無くて、その上美人で可愛い。
そんな子ならルルーシュにも似合うだろうなあと思ったのだが、案外返事はそっけないものだった。
どういう事だろう? とスザクは首を傾げなければいけなかった。
「それよりご飯は食べなくていいのか? もう冷めてるぞ」
「あ、いる! いります!」
今日は大好きなデミグラスハンバーグだったのだ。
ふたりの天然兄妹に翻弄されて、思わず目の前の好物を見失っていた。
確かに冷め始めていたが、それでも十分においしくて幸せな気持ちになった。
もし、誰かがルルーシュと付き合うようになれば、この味を彼女も食べる事になるのかなと思うと、少しだけ嫌だなと思ってしまった。
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