多分調子を崩してしまっている。
体調ではなく、バランスを、だ。
ルルーシュは学校へ通うという事がこんなに大変な事だとは思わなかった。
いや、勉強はいいのだ。クラスメイトとの関係もいい。クラブは早くに決めるように言われているが、ナナリーの件もあって免除してもらえるかもしれなかった。最悪の場合はあの賑やかそうな会長のいる生徒会に入る事になるらしい。
それも、問題はないのだ。
問題は全てスザクの事だ。
意識しすぎている。
毎晩のように一緒に眠っているのはどうなのだろう? とようやく気がついたのがつい昨日。
既に学校へ通い始めて一週間以上も過ぎていた。
子供ではないのだからひとりで眠れて当然なのに、二日続けて一緒に眠ったらそれが習慣になってしまった。抱きしめられて起きるのは、心地良いがそれがどうにも動揺を生む原因になっている。
しばしばキスされた。
ちゃんと彼は自分をルルーシュと自覚した上でのキスだった。
あれは、どう受け取れば良いのだろう?
親愛の情に過ぎないのだが、あの笑顔が眩しすぎてそれ以外を期待してしまう。恋人がいればひどく嫉妬するだろう情景だろうなと気付いたのもつい最近だ。
もっとも、現在彼女がいる様子もなく、彼は部活が終わればまっすぐにクラブハウスへ帰ってくるし、休日は今まで通り自分達と三人で過ごす。
今まで通りの日々の筈だった。
変わったのは、一緒に眠るようになった事だけだ。
だから、その日は一人でなんとしても眠ろうと決めていた。
「あれ? 今日はそっちなの?」
「ああ」
シャワーを浴びて、すっきりした後だった。たった一週間しか過ぎていないのに、日本の季節は移動しようとしている。少し蒸し暑くなってきた。
「今日は、ひとりで寝るから」
「え?」
スザクがひどく驚いた顔をした。
「どうして?」
「どうしてって……おかしいだろう? この歳になって男同士一緒に眠るのなんて」
「それは、そうだけど。でも別に誰が見る訳でもないし」
「でも……」
誘惑に駆られそうになる。スザクの温度は本当に気持ちいい。それに、腕枕だって大好きだ。
でもそれは恋人にすべきであって、自分が受け取ってもいいものではないのだ。
「でも、今日はひとりで寝てみようと思って」
「そうか。ちゃんと眠れるようだったら、いいよ」
「ああ、じゃあおやすみ」
もそもそとルルーシュはベッドに横たわった。
シングルベッドだと言うのに、ひとりのベッドはやけに広く感じられる。それにシーツの冷たさもいやだった。
「おやすみ、電気消すね」
と、スザクが言う。それに返事したら、真っ暗闇になった。
スザクがベッドに入る音が聞こえる。
寂しい、なんて思ってはダメだ。そんな事を思っては、せっかく意を決して告げたというのに意味がなくなる。
だが目を閉じてもなかなか眠りは訪れてくれない。スザクの方からも、寝息が聞こえない。
「………起きてるのか?」
「うん。ルルーシュこそ」
「うん、眠れない」
「なんだ」
そう言って、スザクは笑う。
「じゃあ、こっちに来たらいいのに」
「いや、決めたんだ。だから、ダメだ」
「頑固者だなあ」
そしてまた笑われた。
「じゃあ、僕がそっちに行くのもダメなんだね?」
「もちろんだ」
「そうか……残念」
はぁ、と小さなため息まで聞こえた。
スザクは自分に無理に付き合ってくれているのだとばかり思っていたが、彼なりに気に入ってくれていたらしいと知って、少しだけほっとした。
いくら幼なじみでも、甘えすぎたらダメだ。
「なんか、昔の事を思い出す」
「いつの事?」
「枢木の本家に入った時の事。あの時も傍にナナリーがいなくて、寂しかったな」
「ああ……逆に悪い事しちゃったかもしれないね。まだあの歳だったんだから、同じ部屋でも良かったのに」
「うん。でもそのおかげでナナリーは自立心を持つようになった。今となっては感謝してるよ」
「ってことは、昔は恨んでたんだ」
「まあ、それなりには」
くすくすと笑いが聞こえる。つられるように、ルルーシュも笑った。
「あのときとは違うのにな。すぐ傍にスザクがいるのに、なんでこんなに寂しいと思うんだろう」
口にしてから、少しだけドキリとした。
今の言葉は言って良いものではないと直感が告げて来たからだ。
「寂しいんだ?」
「……いや、そんな事はない」
「言ったじゃない、今」
「そう、だが……」
もぞり、と寝返りを打って、スザクに背中を向ける姿勢を取った。
多分今自分はとても恥ずかしい事を言った。顔の辺りが熱くなってくる。
きっと血が昇っているのだろう。
「一緒に寝ようよ。その方が、僕も嬉しい」
「ダメだ!」
思わず大きな声が出てしまった。
きっとスザクは驚いただろう。だが自分だって毎朝驚いているのだ、おあいこだと無理矢理思った。
「まあ、確かにこの歳で同じベッドで寝るなんておかしいとは思うんだけどね。でもルルーシュとなら一緒に寝たいって思うんだ」
「………」
返事が出来ない。少しばかり寂しそうな声音で言われたそれは、自分も同じ事を考えていたからだ。
「どうしてだろうね?」
問いかけてくる。だがその声には何か含みがあった。彼はその答えを知っているかのようだった。
結局余り眠れないまま、朝を迎えた。
朝、六時半に起きれば朝食作りも弁当作りも間に合うと言うのに、六時にはベッドを出た。
まどろむような眠りしか自分は得られなかったけれども、スザクはきちんと眠れたようだ。もっとも、彼は順応性が高い。独り寝にもすぐに慣れたのだろう。
起こさないように服を着替え、静かに部屋を出る。
寂しいな、と思った気持ちは打ち消して、料理の準備をする。
ナナリーには常にサンドイッチか、ライスボールだ。片手で簡単に食べられるものにしている。彼女は盲目の世界に慣れているとは言え、友人の前で万一の粗相をしでかしたらと思うと心配でならないからだ。
それとは別に、スザクとルルーシュは、しっかりとしたものを作る。スザクは体育会系の部活に入っているため、昼食をしっかり取らなければ身が持たない。彼に合わせて、自分もライスである事が多かった。今日は、先日作り置きしておいたハンバーグを焼き始める。
同時進行で他のメニューを作り、ナナリーの為のサンドイッチを作り、そして朝食の準備もする。
もう手慣れたものだ、考えるより先に体が動く。
味もいちいち味見しなくとも大体で分かるようになっていた。
みっつのお弁当箱を並べて、きちんとナナリーの分は可愛いハンカチで包み、スザクとルルーシュのものは青系の同じハンカチで包む。ルルーシュのお弁当はスザクのものより一回り小さいので、それでも区別はついた。
そこへ、ふたりが起き出して来た。
「早かったんだね、ルルーシュ」
「おはようございます、お兄様」
おはよう、とふたりに笑顔で返す。
実際のところスザクに対しては複雑な思いがあるのだが、それを表面に出さない事くらいは出来た。
朝食を並べみんなで食べると、後は学校へ向かうのみだ。
昨日までとは確実に違う。なのに自分はやはりもやもやとした気持ちを抱えている。
そのせいだろうか。
スザクに、お弁当を渡すのを忘れてしまっていた。
昼休みまでに向かおうと思っていたのだが、なんだかんだで阻まれて、結局届けるのは昼休みちょうどになってしまった。忘れたと思ったスザクがパンなどを買ってなければいいのだけれどと思いながら、廊下を走る。
自分の弁当も片手に持っていた。出来れば一緒に食べたかったのだ。
「スザク」
彼の教室は覚えていた。後ろ扉を開いて名前を呼べば、彼が振り向く。幸いにもまだ昼食の準備はしてなかったようで、だけどひとりの女の子と親密そうに話をしている途中だった。
心臓が、どくんと嫌な感じに鳴る。
「あ、ルルーシュ」
呼びかけに答えた彼は、彼女へそこに待つように言って、自分の元まで来てくれる。
「どうしたの?」
「いや、弁当を……」
「あ、忘れてた! ごめん!」
「いや、俺が忘れてたんだ、構わない……じゃあ」
「うん、ありがとうね」
と、青いハンカチに包まれた弁当箱を持って、彼は席に戻って彼女と会話を再開させる。
いつもだったら、いや普通だったらもう片方の手に持っている自分の弁当箱にも気付いていただろうに、彼は目もくれなかった。
彼と話をしている女性は、赤毛の気の強そうな、それでも綺麗な女性だった。クラスメイトなのだろうか? 彼女は少しばかり怒ったような顔をしているけれども、まっすぐにスザクを見ている。相対するスザクは、時々笑っては彼女をなだめているように見える。
どういう関係なのだろう。
気になってたまらない。
だけど声までは聞こえなくて、この場にいることは自分の首を絞めるようなものだと思い、背を向けた。
しかしなぜそれが自分にとって辛い物だと感じてしまうのだろうか。
スザクが取られそうだから? ――あんなに良くしてくれているのに?
スザクが誰かのものになるから? ――誰のものになっても、スザクはスザクだし友人なのは変わらない。
良く分からない。そんな事ばかりだ。
外に出てから、ずっとそうだ。
スザクの事で頭を抱え続けている。
そこで、はっと気がついた。
自分はスザクに何を求めているのだろう――……?
そろそろ買い物に行かなければならなかったので、ひとりで帰り道にスーパーへ向かった。
今日はひとりだから、買う量に気をつけなくてはならない。
前みたいにたくさん買えば、帰れなくなる。
前とは違うから……。
何故か、泣きたい気持ちになっていた。
昼間から、ずっとだった。
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