「例えばなんだが、友人に彼女や彼氏が出来たら嫌な気持ちになるものなのだろうか?」
休憩時間の出来事だ。
大体、仲良く揃うメンバーは決まりつつあった。筆頭はシャーリーだ。
彼女が一番に仲が良いと思える。
「え? そうかな。普通は嬉しいと思うよ」
「そうか……」
「いや、でも友達を取られた気持ちになったりもするぜ?」
とは、馴染んだ男子生徒のひとり。
「ああ、そうだな」
「なに? スザクくんの事? ……って、それしかないよね」
と、シャーリーは笑う。自分に取ってこの学園で友人と呼べるのは、今ここにいる数人と、段違いの場所にいるけれどもスザクだけだからだ。ここにいるメンバーでそういう話が上がっていない以上、スザクの事だと考えるのが当然だ。
だが、それにひどく狼狽えて、「そうじゃないんだ」とルルーシュは言ってしまっていた。
「例えば、だ。あくまでたとえ話!」
「ううーん。まあ、そういう事にしときましょうか」
「しとくんじゃなくて、例えだって言ってるじゃないか」
「はいはい、じゃあ例え話ね。そういう例もあると思うよ? だって仲良くてずっとふたりですごして来てたんなら、誰か第三者がそこに割り込んできたらむかついちゃうもん。私ならそうも思えるかな」
「そうか。そうだよな、やっぱり」
ほっとした。
その表情に、シャーリーは笑う。
「やっぱりたとえ話じゃないじゃない。でも今、スザクくんって完全にフリーな筈だよ? そう言えば高校に上がってから、浮いた噂の一つも聞かないな」
「そうなのか?」
「うん」
思わず食いついてしまっていることに、ルルーシュ自身は気付かない。
さっきムキになって否定していたのに、やっぱりスザクの事だったんだと気付いたみんながくすくすと、それでも本人に分からない程度に笑う程度だった。
「ってことは、中学時代は……」
「それなりにもててたし、付き合った子もいたみたい。でも何故かいつもスザクくんが振られるんだよね。面白いくらいに全部」
「そう、だったのか…?」
そんな事は知らない。彼に特別がいた事なんて知らない。教えてもらえなかった。
「だってスザクくん、部活忙しい上に、休日は家の事があるからってデートもろくにしなかったみたいだし、まあ当然っちゃ当然よね」
「ああ……」
そうだ。中学時代も、スザクはきちんと休日は家で過ごしていた。
特別を放り出してまで、家にいてくれたのだ。
それはもしかして、自分達が負担だったのではないのだろうか? 外の世界に出られない自分達を憐れんで、そういう行動に出たがために、せっかく出会えた特別な子とも別れざるを得なかったのではないだろうか。
今特別な子はいないと聞いて少しばかり嬉しく感じてしまったのに、罪悪感に駆られる。
「あ、でも私、スザクくんと付き合った子と友達だったんだけど」
え、と思い、お下げにした髪の女の子の方を見る。
「可愛い子なんだけどね。もちろん、OKもらえてすっごく舞い上がってたんだけど、でもいっつもぼんやりしててあんまり相手にしてもらえなかったって愚痴ってたの、思い出すな。私じゃ物足りないのかなーって言ってた」
「え、でも可愛い子なんだろ? 誰?」
「C組の……」
「ああっ、もしかして吹奏楽部の」
「そうそう」
「嘘だろう? あれでダメなのか? どんだけ理想高いんだよ、枢木!」
どうやら有名な子らしい。後で見に行ってみようかと言う気分になる。
彼女と付き合っていた事実と、それでも振った(結果的には振られたのだが、振ったようなものだ)事実に、急に男子生徒は賑やかになった。
「まああいつ、スペック高いしなー……今も昔ももて放題だし。今もシュタットフェルトのお嬢さんがアタック掛けてるんだろ?」
「え?」
「ああ、それは噂。カレンは同じ生徒会なだけだよ」
と、シャーリーが笑って告げた。
「同じ?」
「そう。スザクくん、時々生徒会にも顔を出してくれるの。中等部の頃、生徒会役員だったせいかな。それで手伝ってくれるんだけどね、カレンも同じ生徒会だから会話する機会が多いんじゃないかな。同じクラスだし。でもどっちかと言うと、あのふたり、寄ると触ると喧嘩するタイプだよ?」
あははと笑って、シャーリーは告げた。
だが。
「そういうのがヤバいんだよ。よっぽど気心知れ渡ってないと喧嘩なんか出来ないって。俺、そのうち付き合い出すのに百ポンド掛けておこっと」
「安いなー」
「じゃあお前はどうなんだよ?」
「じゃあ俺も付き合うに、百五十ポンド」
「お前も似たようなもんだろ」
などと、わいわいやっている。
ああ、多分あの子だとルルーシュは思った。
喧嘩してばかりだと言うのは、あの赤毛の少女に違いない。
確かに喧嘩っぽい雰囲気だった。でもスザクはゆったり流していたし、それのバランスが上手く行っていたように見える。
かなり綺麗な少女だったし、シュタットフェルトと言えば名門貴族だ。
「俺は、それじゃあ千ポンド」
と、思わずルルーシュはそう言っていた。
本当はいやなくせになにを言ってるんだと思う。
だが、高額の掛け金におおっと周囲がどよめいた。
「でもさ、これ全部付き合う方に掛けてるから、意味なくね?」
「あ、そうだな」
「じゃあ、俺は付き合わない方に掛けようか」
と、ルルーシュは告げた。
「やった、千ポンド割り勘!」
と騒いでいる男子生徒達に、女子達はげんなりした顔をしている。
「人の恋愛であそぶな!」
シャーリーが突っ込みを入れて、ようやくその場は静まった。
ああ、やはり彼女がそうなのかと知れて、ほっとしたようであり、だけどやはり落ち着きはなくなった。その後の授業は窓の外をこっそり見ていた。違う学年の生徒達がグラウンドで球技をしている。
その中にスザクがいないかなと考えたりしている自分はバカだ。
学年が違うのに、いるはずがない。
あの日以来、一緒に眠る事はなくなった。
おかげでルルーシュは寝不足の日々が続いている。
どこか乾いたような日々を過ごしていた。
こんな事なら学校へなど来なければ良かったとまで思った――その選択肢は、用意されてはいなかったけれども。
入る部活動を決めなかったので、その日、自動的にルルーシュは生徒会に入る事に決まってしまった。
まあ、差程忙しくないと聞いていたのでいいかと思う。あの賑やかな生徒会長の相手をするのはなかなか大変そうだが、シャーリーも掛け持ちで生徒会員だと言うし、他の生徒も暖かいメンバーばかりだと言うので、安心はしていた。
カレンも同じ生徒会だという事だけが、気になっていた。
放課後になり、シャーリーは部活を休んで自分に付き添ってくれた。
「よろしくお願いします、ルルーシュ…ランペルージです」
ぺこり、と頭を下げると結構な人数がそこにはいた。
「よろしく、俺、書記のリヴァル・カルデモンド」
と、蒼い髪の少年が言う。どこかで見た顔だと思い、ああと即座に思い出した。
いつかの体育の時間、スザクと一緒にグラウンドを走っていた少年だ。
「よろしく、私、カレン・シュタットフェルト。一度会ったわよね?」
にっこりと微笑む彼女の視線は強い。一見たおやかに見えるのだが、こう見えて合気道や一通りの武術の師範免許を持っているという。下手をすればナイトメアにも乗れるかもしれなかった。
「そして、私がシャーリーで、この子はニーナ・アインシュタイン」
「そっして私が、会長のミレイ・アッシュフォードよ。よろしくねん」
一通りの挨拶が終わった。
賑やかそうな面々だという事だけは分かった。
カレンは、自分の事をずっと見ている。なにか用でもあるのだろうか?
「なにか?」
と尋ねてみるが、彼女は慌てて視線をそらし、首を左右に振る。
「別に、なにもないの。ただ綺麗な人だなと思って」
「綺麗? スザクがいるのに?」
「スザク? なんでそこにあいつの名前?」
きょとんとした顔をされてしまった。
慌ててシャーリーが間に入る。
「なんでもないなんでもない!」
「なんでもなくないわよ。どうしてなのか教えて欲しいな、ルルーシュくん?」
にっこり笑う姿は美しいのに、トゲがある。
なかなか立派な薔薇だと思ったが、素直に答える義理もなかった。
だが、いい機会かもしれない。
「スザクと付き合っているんじゃないのか?」
「え? 私が?! まさか」
と、いきなり大笑いされてしまった。
「……え、違うの?」
と言ったのはシャーリーだ。
「違うようだな……」
彼女はお腹を抱えて笑っている。余程面白かったのだろう。
「ないない、絶対にないから。私とスザクが付き合うくらいなら、ナイトメア戦でもしてからにします」
「無理だって」
「でしょ? それくらい無理!」
あー、面白かった、と言って彼女はようやく笑いの発作を押さえ込んだ。
「なんだ。噂流れてたから、てっきりそうだと思ってたのに。スザクくんか、カレンの片思い、って」
「どっちもないわよ。私は願い下げだし、スザクには思い人がいるみたいだし」
と、にっこり笑ってルルーシュを見る。
その笑顔に、首を傾げた。
何か含みを持たされていたからだ。
「その噂、訂正しといてね? よろしく、シャーリー、ルルーシュ」
はーい、とふたりでそろって返事して、笑った。
「さあ、じゃあ取りあえずは新入りを祝って、乾杯――って言っても今日は紅茶しかないんだけどねー。今度盛大にパーティするから、楽しみにしててね」
「は、はあ」
渡された茶器をは上等なものだった。
それをみんなで本当に乾杯のようにして縁をちりんちりんと合わせるのだからみっともない。
どうやら生徒会という選択は間違えていたのかもしれない、との思いがルルーシュの頭を過ぎった。
それでも、生徒会は自由が効いた。
家事とナナリーの事があるルルーシュに取ってはそれが最重要だ。
賑やかな面子だが、話をしてみれば単ににぎやかな訳ではないと分かる。シャーリーがそうであるように、気持ちの良い面々だった。
その日は夕食の準備をしなければいけないギリギリの時間まで引き留められ、個人情報を――それでも、全て嘘なのだが――を聞き出された。
「人の秘密って知りたくなる方なのよね〜」などとミレイが言いながら、さらさらと生徒手帳にルルーシュの個人情報をメモしてゆく。そうやって他のメンバーの情報も書き留められているのだろう。
面白い人だなとは、やはり思った。
「あ。そう言えば」
「なに?」
「スザクの情報も、そこにはあるんですか?」
「あるわよ? どうして?」
「見せてもらう訳には?」
「いいわよ?」
はい、とそのページを見せられる。
中学時代のスザクのデータがそこにはあった。
片思いの相手アリ、と最後にぐるぐると囲まれた枠の中に書き込まれたそれが気になったが、なにせ中学生の頃の事の話しだ。
「この、片思いの相手って?」
「さあね。どんだけ聞いても教えてくれなかったもの、今も不明」
「そうですか――まあ、もう時効でしょうね」
「そうよねー。この時期なんて、入れ替わり立ち替わり激しいだろうから」
と、彼女はくすくす笑って手帳を取り戻し、ポケットへとしまい込んだ。
「じゃあルルちゃん。明日からよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
そしてようやく、その場から解放された。
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