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背中越しの体温 11


「生徒会に入ったんだってね」
 夕食の席で、スザクがいち早く情報を手に入れて告げていた。まだルルーシュは言っていないし、決まったのは今日の放課後だ。どこで知ったのだろう?
「カレンから聞いたんだ。ルルーシュが来たよって」
 こちらの思いを読んでいたかのように、スザクが続ける。
「ああ、そうなのか…」
 こちらの返答に、スザクは少し首を傾げていた。
 だが、生徒会から解放されてまだ一時間少しだ。一体一の間にスザクとカレンは連絡を取り合っていたのだろう? と考えて、今時携帯電話を持っていないほうが珍しいかと気がついた。そう言えば、自分達は持っていない代物だ。なにせ、今まで必要がなかったのだから。
 だが、携帯で話をし合っているふたりに、やはりそうなんじゃないかと言う気持ちがむくむくと沸き上がる。
「どうしたの? なんか変」
「いや、別に」
「別にって顔じゃないよ」
「スザクには関係ないことだ」
「ああ、生徒会のメンバーって強烈だからね。それに当てられた?」
「違う」
「じゃあ、なんで?」
「お兄様?」
「すまない、ナナリー。俺はちょっと後で食べる事にするよ。食器はこのままにしておいてくれないか」
 後半はスザクへ向けて、席を立った。
「ちょっと、ルルーシュ。もしかしてしんどいの?」
「いや……いや、そうかもな」
「それじゃあ、片付けはしておくから気にせず眠っててよ」
「いや、片付けはするから置いといてくれ。すまないな、先に部屋に戻ってる」
 ひどくアンバランスになっている心情と釣り合いがうまく取れなくて、ルルーシュは逃げるようにリビングから出た。
 扉が閉まって、そのまま壁にもたれかかってずるずると背中をつけたまま座り込む。
「何をしてるんだ、俺は……」
 嘘までついて心配まで掛けて、つまらない事を気に掛け続けている。
 カレンとスザクがそうでないと言うのは、今日分かりすぎるくらい分かった筈なのに、胸の内に小さな凝りが出来ていて、それが心臓の付近をちくちく刺すのだ。
 もしかしたら、あのカレンの姿も装ったものかもしれない、なんて穿った事まで考えてしまう。
 スザクに求めているものは相変わらず分からない。
 ほんの少しその体勢でいたら、扉が開いてスザクが出て来た。
「ルルーシュ! やっぱりしんどいんじゃないか。ほら、立てる?」
 と、手を伸ばし抱き寄せようとした。その手を思わず弾き返してしまう。
「な……」
「いいから。お前は飯を食べてろ。俺には構うな」
「構うよ、心配だし、どうしたのかなって思うじゃないか。――ここ最近、ずっと変だし」
「ここ最近?」
「学校に来るようになってから。やっぱりいきなり集団生活なんて無理だったんだよ、父さんが勝手するから……」
「それは関係ない。クラスメイトとも仲良く過ごしてるし、生徒会の人たちも良さそうな人ばかりだ」
「じゃ、なんでこうなってるの?」
 廊下の隅で、座り込んで建てなくなっている自分。
 確かに不審だなと思い、立ち上がった。
「いいから、ルルーシュ。座ったままで」
「いや、疲れてる訳でもしんどい訳でもない。単に……」
「なに?」
「お前が」
「僕?!」
「お前がいつまでもふらふらしてるのが悪い」
「え? 僕がいつふらふらしてたのさ」
「してるだろう、いつだって。カレンの事だってそうだ。本当は付き合ってるんだろう?」
「違うよ、彼女は同じクラスの…」
「だったらなんで今日、気付かなかった」
「何を?」
「弁当! 俺も持って行ってたのに。一緒に食べようって思ってたのに」
「え…」
 ああ、何を言っているのだろうと自分に呆れてしまう。これじゃあただの八つ当たりだ。
 スザクだって呆れた顔をしている。
「ごめん、あのときは気付かなくて…」
「カレンと忙しそうに話をしていたもんな」
「違うよ、喧嘩ふっかけられてたんだ。変な誤解があって」
「どういう誤解だか。浮気でもしてたんじゃないのか?」
「それはルルーシュに関係ない」
「じゃあ、俺はどこに関係あるんだ? スザクの事には関係がないって言うのか?!」
「違うよ、そういう意味じゃなくて」
 目の縁が熱くなってくる。泣きそうになってくる。
 ずっとずっと溜め込んでいた涙が落ちそうになってくる。
 部屋に戻ってもスザクがいて、混乱の原因は目の前から消えてくれなくて、だからどこにも行き場のない気持ちがぐるぐると解決策も取れないままに理解不能に自分を蝕んでいる。
「じゃあ、どういう意味なんだ」
 言った瞬間、ぽろりと涙が落ちてしまった。
「ここへ来てから、俺には分からない事だらけだ。お前はずっと俺とナナリーとの世界しか持ってなかったと思ってたのに学校では特別な人がいたり楽しんだりしてた。それを言わなかったのは哀れみか? それとも面倒だったのか? その程度の存在だったのか?」
「ルルーシュ、そうじゃなくて」
「今だって、本当は好きな人がいるのに俺たちが邪魔してるだけじゃないのか? 片思いの相手って誰だったんだ、その相手とは上手く行ったのか? それともやっぱり俺たちが邪魔してたのか?」
「ルルーシュ!」
「俺が傍にいてはいけないのか? 俺じゃ……」
「ルルーシュっ、もういいから!」
 ぎゅう、と抱きしめられた。
「俺はお前を独占したいのにさせてはもらえないのか……?」
 抱きしめられたまま、先を続けた。
 何故か腕に込められた力が、強くなった気がした。
「全部、誤解だよ。なにもかも全部。ルルーシュが勝手に想像してるだけだ」
「どこが……っ」
「僕にはずっと片思いの相手がいる。その思いはずっと叶ってなかった。だから、中学の時は別に特別が出来ないかと思って試してみたりしたけど、やっぱり無理で振られてばかりだった」
「なにを」
「今だってそうだ。カレンに相談に乗ってもらってるのに、なにひとつ上手く行かない。せっかく君と同じ部屋に住めるようになって、同じ学校に通えるようになったって言うのに」
「なに……」
「僕が好きなのは、君だよ。ルルーシュ」
「な……っ」
 思わず抱きしめられた腕から逃げたくなった。
 だがその力は存外強く、逃げ出せそうにない。
「やっぱり……ダメか」
「違う、そうじゃない。そんな言葉でごまかそうとするお前が!」
「どうして信じてくれないの!」
「どうやって信じろっていうんだ!」
 腕を、解かれた。
 思わず半歩下がる。その距離が妙に寂しい。
 久しぶりに触れたスザクの体温が愛おしかったのに、だからこそ触れてはならない。
「俺は男だ、そんな戯れ言でごまかそうったって……それともナナリーか?」
「違う!」
 ああ、もうっ、と言ってスザクは半歩分の距離を詰めて来た。それをまた再びルルーシュは同じだけ逃げる。
「同性同士なんておかしいなんて分かってるよそんなの! でもダメなんだ、ずっと僕はルルーシュしかダメだった!」
「お前、どういうつもりで言ってるのか分かってるのか」
「分かってるよ。そうじゃなきゃ、こんな事言えやしない。絶対に言えないと思ってた事を今言ってる。今信じてもらえなきゃ」
 半歩の距離を一気に埋められ、再び抱きしめられた。
「どうしていいのか、もう分からない。一緒に眠れたのだって、僕には奇跡みたいに思ってたんだ。でもやっぱりルルーシュは逃げてった。だからやっぱり無理なんだと思ってたのに……どうしてそんなに煽る事ばかり言うのさ」
「煽ってなんか」
「煽ってる! 僕をどうしたいの、君は」
「そんなの、俺が知りたいんだ!」
 抱きしめられたままで、涙がぽたぽたと落ちて行くのを感じる。
 スザクの体温が気持ちいい。でもこんなのは絶対にダメなのだ。
――何故?
 何故、そう思うのだろう。
 同性だから? スザクだから?
 自分のどこがストップを掛けているのかが分からない。
 ただ、困るのだ。
 ああやって朝になれば毎日眩しい笑顔で微笑まれるのも、キスされるのも、困る。
 心の根っこがゆさぶられるようで、怖くなる。
 ああ、スザクが言っている事が本当だとすれば、寝ぼけていただろうあのキスこそが本音だったのだろうと知る。
 でも、自分達では向かい合って幸せになるなんてこと、してはならない。
 せめて背中合わせで眠るべきだったのだ。
 もがいて、スザクの腕から逃げ出した。そして自分の部屋に帰って鍵を閉めた。
 どうしてこんなに涙が出るのか、分からなかった。



 スザクはなかなか戻って来ない。
 寝る場所はここしかないのに、戻ってこないつもりだろうか。
 カレンの家に行くのだろうか。
 自分の元には帰って来てくれないのだろうか。
 酷い人間だと、ルルーシュは自分の事を思う。
 突き放したのは自分のくせに、帰ってくるのを待っているのだ。
 内鍵まで閉めているのに。
 でも、鍵は外からでも開く。リビングに鍵が置いてあるのだ。
 時刻はまもなく十二時になろうとしていた。スザクは戻ってこないつもりなのだろうか。
 涙はもう止まっていたけれども、自分勝手な事を言って、スザクの言葉を信じられない自分は彼の傍にいる資格などないように思えた。
 彼にどうして欲しいかなんて、彼をどうしたいかなんて、解答など見つからないままだ。
 好きだ。ずっと傍にいて当たり前の存在だった。
 それがずっと続いてはダメなのだろうか? その関係に名前を付けなくてはならないのだろうか?
 これがもしかして恋愛というものなのだろうか?
 でも、経験のない自分にはそれがどんなものだなんて分からない。
 第一同性に抱く感情ではないと言う事くらいは知っている。
 やがて、まもなくして、扉がノックされた。
 ルルーシュはひどく驚いて、飛び上がらんばかりだった。
「開けるよ」
 と、スザクが言う。
 鍵ががちゃりと音を立てて、開かれた。



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2011.5.27.
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