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機械仕掛の恋2


 与えられている屋敷は、無駄に広い。
 その中で寝室と執務室は近接していた。作業がしやすいようにとの配慮もあるのだろう。
 ラウンズともなれば緊急の事態も多いため、それには感謝していた。
 書類仕事は殆どイルバル宮で済ます事が多いので実際に使用しているのは、これから向かう先のデータ受信や作戦の立案送信に関してのみだが。
 その部屋には、ゆったりと人は五人は座れるんじゃないかと言うソファが置いてある。そこでルルーシュには眠ってもらうことにした。余り人を使う事が得意でないスザクは、自分で布団などを用意してしまうが、そのことはルルーシュに笑われた。
「俺は機械だぞ? 寒さも暑さも感じない」
「あ、そうか」
 あまりにもルルーシュが人間然としているので、うっかりしていたのだ。
「でも、せっかく出して来たから使ってね」
「ああ……それじゃあ、ありがたく」
 広げられた毛布は、この季節には少し寒いかもしれない。彼には関係ないのだと知っていても、何故か気の毒な気持ちになってしまう。
「一緒のベッドで寝る?」
 だから、思わず口をついてしまった。
 スザクのベッドはクイーンサイズの天蓋付きだ。笑ってしまう程、広い上に上等で自分にはふさわしくないと帰って来る度に思う。特派に引き抜かれる前までは、鍵の壊れた集団部屋の片隅で毛布にくるまって眠るのが常だったからだ。それは、幼い頃からずっとのものだったので、体に染みついている。四年も過ぎるのに、未だこの環境には慣れない。
「構わないのか? 何をしでかすか分からない、拾ったばかりのアンドロイドだぞ?」
「君は……そんなに悪いものには見えない」
 自分の目には自信を持っていた。そうでなくては、ラウンズは勤まらない。
 自分の勘と目を信じて動かなければ、激戦区に送られる事も多いラウンズはあっという間に命を失ってしまうからだ。逆を返せば、そうでないからこそラウンズになれたとも言える。
「そうか」
 ルルーシュは、スザクの言葉を聞いて笑った。
 ひどく人間らしいなあとやはり思ってしまう。彼を見て、作り物だと分かる人間など十人いてひとりも存在しないだろう。自分だってバーコードの存在がなければ人として見ている。いや、今だってすっかり人扱いしてしまっている。
「まあ、ベッドだけは広いから。一緒に寝よう。その方がいいよきっと」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
 ルルーシュは頷いた。
「じゃあ僕はシャワーを浴びてくるから。君は?」
「俺も浴びた方がいいだろうな、道に寝てたくらいだから」
「分かった。じゃあ、君が先に使って」
「ありがとう」
 硬質な声で、固い雰囲気を持っているのに、彼の物腰はひどく柔らかく好ましいものに感じられる。スザクは、彼の事を早くも気に入り始めていた。
 だが所詮預かりものにすぎない。いずれ持ち主に返さなければ行けないものなのだ。
 そのことが、酷く残念に思えた。
 ベッドに腰掛け、今日までに蓄積されていた疲労を急に感じる。
 EU戦線はなかなか手こずっている。スザクも途中で期間が過ぎたので、帰投したのだ。決着はまだついていない。残る事も考えたのだが、ラウンズがいつまでも手こずっている姿をさらすのは余り褒められた事でもなかった。
 ここは一時退却し、別のラウンズにバトンタッチをするのが筋だ。
 だが、一体何人殺したのだろう。ランスロットと言うナイトメアに乗っているからいつも命の重さが分からなくなる。騎士になる前の肉弾戦をしていた頃の方が人の命というものについて重く受け止めていただろう。
 機械の中で終えて行く無数の命。それを奪っていたのは間違いなく自分だ。
 その重さを感じ、帰って来た後の夜はいつだって気鬱だった。
 それも、今日はルルーシュがいたお陰で今まで気付かずにいれたのだけれども。
 だが、忘れてはいけない事だと思っていた。自分は殺人者だ。その事は受け止めておかなければいけない。
 戦争と言う名前で英雄なんて祭り上げられ、その事実を忘れてしまいそうになる事や、実際忘れている同僚の姿と同じになってはいけないのだと思う。なぜなら、スザクは名誉だからだったからだ。
 自分も、侵略を受けたくさんの殺人を与えられ、支配された者だった。
 そのことを忘れてはいけない。そうでなければ、ワンになると言う夢が絵空事になってしまう。
「――どうした、随分疲れているようだが?」
 戻ってきたルルーシュは髪を洗ったようで、衣服も与えたものに改められていた。
 濡れた髪をぬぐう姿は、人そのものにしか見えない。
「ああ……いつもの事だ、気にしないで」
「そう言う訳にはいかない。期間限定とは言え、今の俺のマスターはお前だ」
「マスター?」
「そう。俺たちアンドロイドは単独で生きて行くわけにはいけない。それはお前も知っているだろう?」
 確か、法律にあったはずだ。
 それを思い出した。アンドロイドには工業用も含め、全てに所有者がいなければいけない。フリーのアンドロイドなど存在してはいけないのだ。それは人と機械を明確に分ける為のボーダーでもあった。
 きっと、今日のやりとりで女史が書類を作成していただろう。所有者は現在自分であることを。
「ああ、そうだったね……」
 そんな事も忘れていた。ランスロットだって、あれも所有が決まっている。いや、ナイトメアの場合は所属になるのか。
 フリーの機械は存在しない。
 だが、それは書類上の事だけだった。
「でも、君は君だよ。僕は所有者になるつもりはない」
「俺は捨てられると言う事か?」
「違うよ」
 短絡的な考えに、思わず笑いが浮かんだ。
「ただの書類上の事だってこと。僕は君を友人として扱う。元々アンドロイド所有制度は余り好きじゃないんだ。肉体も感情も存在するものを所有物として扱うのは何か違うってね」
「変わったやつだな」
「そう? だって君、本当に人間みたいなんだもの。それを所有するなんて、やっぱり僕の考えは正しかったって思う補強にしかならないよ」
「そういうものなのか?」
 彼は何故か困ったかのような顔をして、首を傾げた。
「じゃあ、僕もシャワーを浴びて来るから。眠かったら先に寝てて」
「だから、俺は機械だ。眠らなくとも……」
「ああ、それ禁止ね。僕は君を友人として扱う。君が僕の所有物になると言うんだったら、ならそれを守ってもらおうかな」
「難しい事を要求するな、お前は」
「そう? 人として当たり前の事だよ」
 笑って、自分も着替えを持ち部屋に併設されたシャワールームへと向かった。



 髪の湿気をぬぐえば、すぐに眠気はやってきた。ルルーシュは当然のようにベッドの隅に腰掛けて待っていたが、それもしょうがないかと笑いながら彼の頭をくしゃりと乱す。
「さあ、寝るよ。僕はもう眠い」
「ああ、分かった」
 そして、ベッドにふたりで潜り込んだ。とは言え、広いベッドだ。お互いの体温も分からない程に離れて眠る事にした。
 電気を手元のリモコンで消す。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 暗闇の中で目を閉じると、すとんと意識はとぎれた。



 その意識が再び浮上したのは、まだ夜の時間だった。
 何故目が覚めたのか分からなかった。
 だが、その刺激に対して、思わずくぐもった声が漏れる。
「……誰」
 明らかな性的な刺激。自分は今、口撫されている。
「……っ、く……る、るーしゅ?」
「ああ」
 返事があった。これを施しているのは、彼らしいとようやく分かる。
 ああ、そうだった。彼は愛玩用のアンドロイド――要するに、セクサロイドだったのだ。
「いい、そんなこと、しなく、ても」
 唾液としか思えない液体でじゅぷじゅぷと屹立したものを咥え、上下される。
 確実に追い詰められていた。こういった行為自体が、戦場に出る前からずっとご無沙汰なのだ。戦場に出ても花街はある。だが、スザクはそう言った場所を用いるのを余り好んでいなかった。
 こっちでも、ひとりで処理するのが殆どだ。寄って来る花は多かったが、忙しい身に恋人など作っているいとまもない。
「ま……って、ダメ、だから……っ」
「構わない」
 硬質な声が、この場合ひどく卑猥に聞こえた。
 自分だけが乱されている感覚がたまらない。
「ひとりじゃ、嫌か?」
「そういう、んじゃ、な…っあ」
 先端をくじられる。思わず腰が跳ねた。
 ルルーシュは遠慮と言うものを知らないもののように、執拗に愛撫を繰り返した。
 もうこれ以上我慢出来ない、と思った瞬間に布団を剥ぎ、彼の頭を遠ざける。彼の口の中に出す訳にはいかなかった。いくら彼が「そういう風」に作られていても、自分の倫理観が邪魔をしたのだ。
 ぐい、と彼を必死になって引き離す。
 ルルーシュの力は強い。だが、自分の意志を完全に無視する気はないようで、ほんのしばしの攻防で彼は離れてくれた。
 その後、自分の手で追い上げ、手の中に吐き出す。
 荒い息を何度も繰り返した。
 ひどく気持ち良かった。そのことが罪悪感にも繋がる。
「ル、ルーシュ。こういう、ことは、しなくて、いいから」
「そういう訳にはいかない。俺の存在意義を奪うつもりか? そのつもりで俺を拾ったんだろう?」
「違う!」
 それだけは大きな声で否定した。
 そう思われていたなんて、酷い屈辱だ。
「僕は君を、友達として扱うと言った筈だよ。友達とは普通、こんな事をしない」
 彼はとても理解しがたいと言う顔をしていたが、仕方がないと言うように頷きをひとつ返した。
「だが、俺はどうしたらいい?」
 彼も完全に勃起していた。
「…………抜いて、あげるから」
「そんなんじゃ、足りない」
「え?」
 そして、再びルルーシュは手を伸ばしてスザクのものをさすり上げる。
「や、め………ルルーシュ、人の、話……っ」
「聞いている。でも、今日は我慢してくれ」
 硬質な声。だが、わずかに上気している。
 彼を見れば暗闇にも関わらず、白い肌が淡くピンクに染まっている事が分かった。
 彼は全裸になっていたのだ。
 その姿に、こくりと唾を飲む。
 確実に勃起が固くなったのを感じる。
「一度、だけだから……」
 切なげな目で、ルルーシュは自分を見た。
 そして、後孔へ自ら導き立派に成長したスザクのものを内に沈め始める。
「……ぁ……ああっ」
「んく……っ」
 ひどく気持ち良かった。抱いた事のある女の誰よりも、その締め付けは気持ち良い。男の体だから潤滑などないのに、その辺りはセクサロイドとして都合良く作られているのだろう、ぬるりとした粘液で滑るように内に導かれていく。
 彼が完全に主導権を握ったまま、自分の上で動き始める。
「あ……っ、ああっ、あっ」
 目を伏せ、さっきまでの硬質な声とは全く違う甘い声を出し始める。ぞくぞくと背筋が震えを走った。
 我慢できなくなり、スザクも腰を使い始める。
 こんなの、絶対に間違っている。分かっているのに目の前の快楽に負けた。
「あああ、ンッ、ああっ」
 胸に手を突かれ、腰を上下させるルルーシュは卑猥だ。それとは別の動きで突き動かされ、バランスを崩しそうになっている姿もたまらなく扇情的だった。
 前傾姿勢に鳴った彼の唇を、奪う。
 すぐに舌を絡め合い、乱暴なキスになった。
「んっ、んんっ、ん」
 口を封じられた彼は、喉の奥で声を殺し始める。
 すぐ傍で聞こえる声に、ゾクゾクとした。
 口付けを解く。間近で鳴く声を聞きたかったのだ。
「ああっ、あっ、あ!」
 突き上げを激しくしていた。彼の声は思った通り、近くで聞けば自分の自制心など簡単に破壊する程の威力を持っていた。
「スザク……スザ、クっ」
「ルルーシュっ」
 もう、いく、と思った瞬間に彼が自分の名を呼ぶ。その事で更に際に立たされた。
「中……いい?」
 彼は聞こえているのかいないのか、頷いたように見えたが良く分からなかった。
「ああっ、はやく、ほし……っ」
「いくよ……っ」
 はあ、はあ、と荒い息の中で激しい突き上げを行う。
 彼は狂ったように鳴き、既に自分では動けなくなってしまっていた。
 すがるようにスザクの上に伏せ、抱きついてくる。
「も……っ」
「ああ」
 彼が悲鳴のような声を上げた瞬間、スザクも吐精していた。
 ルルーシュも精液に似たような白濁を吐き出す。
 荒い呼吸音がしばし空間を支配していた。
 たまらなく気持ち良かった。
 だが、徐々に冷静になるにつれて、なんてことをしてしまったんだと思ってしまう。
 彼を友人として扱うと、諭したのは自分自身だ。
 なのに、彼を貪ってしまった。
 彼は満足したネコのようにスザクの上で荒い息を繰り返しながら、時折甘い声を上げている。
「すまない……」
「どうしたんだ、スザク」
 すこしばかり掠れた声が扇情的だ。まだ内に埋められたままのものが思わず反応しそうになる。
 慌てて、スザクはじぶんのものを抜いた。
「……あっ」
 確実に、その声には反応してしまった。
「シャワーを浴びよう」
「ああ……このままじゃあ、寝れないもんな」
「うん……ごめん」
「どうして謝る?」
「だって、君に……」
「俺はそういうものだ。だから、謝る必要はない」
「違うんだ、そうじゃなくて」
 何を言おうとしているのか、自分でも分からなくなっていた。
「そうじゃなくて……こういうのは、もう、二度といいから」
「どうして? 良くなかったのか?」
「そういう問題じゃなくて。僕は君と友人になりたい。友人同士では、こういう事をしない」
「俺はこうしたい」
「ダメだよ。君は一時的に僕が預かってるだけなんだ。汚しちゃいけない」
 そう。そうだった。
 彼は皇室の誰かにこうやって抱かれるために作られたものなのだ。
 自分ごときが触れて良いものではないのだ。
 そう、思った。
 それがやたら胸を痛めさせたのは、この際見ないふりをして、シャワールームに向かう。
 呆然とした風のルルーシュはついてこなかった。



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2011.5.30.
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