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機械仕掛の恋4


 準備も整い、スザクは再びモールを引き返してイルバル宮へと向かった。
 特に時間の指定はない。好きに顔を出して良いのがラウンズの特権だ。そもそも顔を出す必要すらも殆どないのだ。ただ、昨日女史に依頼してあったルルーシュの事を問い合わせたい気持ちがあるから、スザクは向かうだけだ。
 再び閑静な皇宮敷地内に入れば、ルルーシュは目を閉じまるで眠っているようだった。
 もしかして目に違和感でもあるのだろうか? と心配になる。
「ルルーシュ、目は大丈夫?」
「ああ、平気だ」
 目を閉じたまま、返事をされる。
 帰り道は賑やかな街並みにもすでに慣れてしまったのだろう、彼は窓の外をうかがうような事もなかった。
 眠っている訳はないと頭では分かっているのに、静かな運転を心がけ、スザクは目的地へ向かう。
 アンドロイドがこんなに精巧に出来ているとは思わなかった。
 思えば、工業用以外のアンドロイドを目にするのは初めての事だったのだ。
 だが、しかし――とも、思う。性的な目的に作られたセクサロイドであるのならば、より人に近くなくては意味がないだろう。萎えてしまう。
 そのためだけに進化させられた存在を哀れにも思ってしまう。
 決してルルーシュには告げられない言葉だったけれども。
「ルルーシュ、ついたよ」
「ああ……」
 彼はぐっと伸びをする。眠っていた訳でもないのに、まるで今目を覚ました人間のようだ。
 それを好ましく思ってしまうのは、既に自分が彼に心を持って行かれてしまっているからだろう。
 そうだ。
 認めなくてはならない。
 彼の事が、スザクは気に入っていた。
 昨晩あんな事になってしまったのだって、半ばその意識があったせいだ。
 男性にしておくには惜しい顔の形、美しさ。所作の綺麗さ。なのに言葉使いはぞんざいで偉そうで、アンバランスさが好ましい。
 そして機械だというのにその雰囲気を一切見せず、なのに無垢な表情を時折見せる。
 その姿にすっかり参ってしまっていた。
 これが誰かのものだと思う度に心のどこかがやけどを負ったようにヒリヒリ痛む。
 誰かのものだなんて、一生分からなければいいのにと思ってしまう。
 今日だって本当は来たくなかったほどだ。
 手がかりがないようにと祈ってすらいる。
 バカだなあ、と自分の事をスザクは思った。
 相手はただの機械だ。恋をしてなんになる? そんな感情長く持っていなかったくせに、今更抱いた相手が機械だなんて、自分は本当にバカだ。
 嘆息を落として、ルルーシュが車を降りてくるのを待つ。そして扉をロックすると、イルバル宮へと入った。
「おお、スザクじゃないか。帰ってたのか?」
「ジノ」
 丁度出る所だったのだろう。入り口を入ってすぐの場所で同僚に出会した。ナイト・オブ・スリーの座に座る、自分より一つ年下のラウンズだ。自分よりずっと背も高く体格も良いのに、年下だなんてズルイと思うが人種の差はどうにもならない。
 彼は非常にスキンシップ過多な人間ではあるが、今日はスザクに珍しく連れがいるのを見つけ、驚いたような顔をしていた。
「どうしたんだ、お前。ここへ他人を入れるのは……」
「ああ、大丈夫。女史には許可を取ってある。それに彼は、アンドロイドだ」
「え?」
 跳ねるようにして、彼はルルーシュを見た。
「初めまして、ジノ……卿?」
「ジノ・ヴァインベルグだ。その場合はヴァインベルグ卿が正しいな」
「そうですか、すいません。ヴァインベルグ卿、スザクが世話になっています」
 なめらかな言葉。そしてスザクの身内のような言葉遣い。
 それに彼はしばらくあっけにとられたようだった。
 思わず、スザクは笑う。
 笑い声にようやくジノは我を取り戻したようだった。
「心臓に悪いぞ、あれは。どう考えても人間じゃないか。お前の恋人だと言われて納得する。可愛いな、それにしても。スザクもそういう趣味があったのか」
「恋人はないだろう、彼は同性だ」
「そんな趣味の人間は皇宮内にはごろごろいるよ」
 からから笑い、そんなものは珍しくもなんともないと彼は言う。
 ルルーシュはその言葉の意味を計りかね、わずかに首を傾げているようだった。
「ジノ。あくまでも預かり物なんだ、あまり妙な事を教えないで」
「――預かりもの?」
「そう。昨日拾ったんだ。今、女史に所有者を調べてもらってる」
「え、拾ったって、どこで」
「確かアリエス宮の傍で」
「皇宮敷地内でか? あり得ないだろう」
「行き倒れてたんじゃないかな? それに彼には記憶がない」
「はあ? お前の物じゃないのか? それにしては――」
「所有が今は、仮にだけど僕になってるだけなんだ。だからだろう」
「へえ……」
 そして、ルルーシュを舐めるようにジノは見回した。
 少しばかりルルーシュは居心地悪そうにしている。
 そして、スザクの後ろへと少しずつ移動してきた。
「やっぱり可愛いって!」
「ジノ!」
 完全に自分の後ろへ回り込んだルルーシュの事を、スザクも可愛いと思うと同時に、愛おしさまで覚えていた。喜びも感じる。
 単なるインプットに過ぎないのに、自分を頼りにされていることが、こんなにも嬉しい。
 背後でマントをきゅっと握られている事が分かる。そこは皺になってしまうだろうが、そんな事はどうでも良かった。
「ズルイな、スザクは。どうせなら私が発見したかった」
「ダメだよ、君が見つけたら何を教え込むか分かったものじゃない」
「あ、それは傷つくなスザク。私だって……」
「いつまでそんな場所で煩くしているのですか」
 女史の声が響いた。
 瞬間、びくりとする。
 彼女は元ラウンズだとのことで、非常に厳しくもあり、冷徹だ。
「声があちらこちらへ筒抜けです。それでもあなた方はラウンズですか? それともここは子供の遊び場へ変わってしまったのですか」
「――申し訳ありません」
「すいませんでした」
 ふたりで揃って頭を下げる。
 慌てて、ルルーシュも頭を下げていた。
「ナイト・オブ・セブン。あなたは私に用があるのではなくて?」
「はい、そのつもりで…」
「ならば早く参りなさい」
「分かりました」
 答え、ちらりとジノと視線を交わす。
 仕方ないなとのやりとりを終え、
「では、また。ヴァインベルグ卿」
「それでは、枢木卿」
 と、非常に大人な態度で別れる事となった。



「残念ながら、捜索願いは出されていません。銘がブリタニアで行方不明になっているアンドロイドはゼロです」
「そんな」
「彼はセクサロイドでしょう? そうならば、大がかりに探そうとする筈はありませんよ。自らの醜聞を広めるようなものですからね」
「セクサロイドとは……」
 そうだと知っているけれども、蔑んだような言葉につい反論する。
「そうでなければ、そこまで精巧に作られる筈はありません。メイドなり、家の事をさせるだけならおおまかに人に似せれば良いだけです」
「――そうなの、ですか?」
「あなたはアンドロイドというのを見たことがないようですね。彼が初めて見たアンドロイドだと言うのならば、その錯覚も受けましょう。ですが間違いなく彼はセクサロイドです」
「………そうですか」
「どうします? こちらで預かりましょうか? セクサロイドのマスターとして登録されてしまえば、あなたも無事では済みませんよ」
「いえ。三原則が働く筈です。私の言葉に彼も従うでしょう――私が引き受けます」
「そうですか。では、この書類にサインを。しばしの所有者を決定付けるものです」
「分かりました」
 差し出された書類に、ペンを走らせる。
 その間に、女史は昨日との違いを彼に見つけたようだった。
「懸命な処置ですね、ナイト・オブ・セブン」
「え?」
「目の色です。あのままでは皇宮内でどこかの皇族と勘違いされても仕方ありませんでした」
「ああ……私もそう思い、今朝、処置しました」
「そうですか」
 グレイの瞳の色は、今も複雑な色目に輝き、きっと美しいだろう。
 本当は本来の紫の瞳の方が好きだったが、それで起きるだろう騒動を思えば面白くもない。
「そして、ナイト・オブ・セブンには次の指令が出ました」
「え? 私は一ヶ月あまりの休暇が言い渡されていた筈ですが?」
「その通りに行かないものがラウンズです。――そんな事も忘れたのですか?」
「いえ……」
「来週より、アフリカ大陸へ渡っていただきます。そこへEUが新たに基地建設を行っているとの情報が入りました。早急にたたきつぶしてください」
「……分かりました」
 基地建設。ということは、携わっているのは一般人も多いだろう。
 被害は大きくなるに違いない。
 そのことが気を重くした。
「そのセクサロイドはどうしますか?」
「同行させます。何か訳ありだとすれば、ひとりで置いておくのも危険でしょう。それに記憶障害についても、自分のキャメロットには優秀な技師がいます。彼等に見てもらうのが一番早いと思っていますので」
「そうですね。分かりました。では、所有者が分かり次第、連絡を入れると言う事でも構いませんか?」
 硬質な声が次々と決めて行く。
 スザクにはそれに頷くしかなかった。
 イルバル宮の用件は、それで終わった。
 だが、そのまま帰る訳にはいかなった。
 先ほど女史に告げた通り、キャメロット……スザクの直属のナイトメア開発チームへとルルーシュを見てもらうのだ。
「ロイドさん」
 研究所の中に入れば、ランスロットの微調整が行われている。その陣頭指揮を執っているかつての上司であり、現在は書類上部下ではあるが、気持ち的には上司である技術者をひとり、呼んだ。
 彼は自分とルルーシュの姿を認め、手を止める。
 そしてにやにやと笑いながら、彼特有の跳ねるような歩き方でこちらまでやってきた。
「おはよう、スザクくん。おもしろいのを連れてるじゃないか、おもしろいねー!」
 声がひっくり返るかの抑揚を付け、ルルーシュをなめ回すようにして見ている。
 やはり彼は一目で彼が何なのか分かったらしい。
 人間としては少しばかり難のある人物だが、技術者としては超一流だった。
「へええ、よーく出来てるねえ。ちょっとごめんね」
 と、彼はすっかり怯えた様子のルルーシュの首筋に掛かる髪を押し上げる。
「ああ、やっぱり。どこの工房だろうね、ここまでのを作るとすれば――えーと」
 いくつかの工房名を上げて行く。
 さすがに彼も、この道には長けているようだった。
「そこへ問い合わせてみれば、彼の所有者は分かるでしょうか?」
「え、なに? 譲り受けたんじゃないの?」
「拾ったんです、昨日」
 すっかり萎縮したルルーシュは、ロイドの手から逃れられると、ぴたりとスザクの背中に張り付いていた。じんわりと通ってくる低い体温が何故か頬を緩ませようとするので、それを引き留めるのに苦労した。
「拾ったあ? まさかあ、この手のものを落とすなんて事はあり得ないし、逃げる事もない。捨てるなんてもっての他だね!」
「でも、道端に落ちていたんです。そして記憶喪失」
「え?」
「基本的な事は覚えているようなんですが、過去の事を彼は知りません。――ロイドさん、診てもらっても?」
「それは構わないけど……そうだなあ、今ランスロットの微調整が終わりそうだから、その後でもいいかい?」
「それは構いません」
「その後、スザクくんはちょっと乗って調子見てちょうだいねえ」
「分かりました」
 彼の事だ、またマイナーチェンジしてしまったのだろう。一週間後に出撃が控えている以上、慣れておかなくてはならない。
 セシルあたりに詳細を聞いて――ロイドからの説明では、全く要領を得ない――、彼を診てもらっている間に自分はランスロットに体を馴染ませようと思った。
 ひとり引きはがされる事を知ったルルーシュは、グレイの瞳で自分に訴えるように診てきたが、
「大丈夫だよ、悪い人じゃない。僕が全信頼を置いている人だから」
 と告げれば、
「しかたないか……」
 と、少しだけ落胆したニュアンスを含ませて、了承したようだった。
 同席した方が良かったかなと気付いたのは、その後既にランスロットに騎乗してしまった後の事だった。



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2011.6.2.
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