ランスロットの調整はかなりピーキーに処置されていた。さすがのスザクでも振り回されかねない勢いだ。
「まったく、ロイドさんは……」
このじゃじゃ馬を乗りこなせ、と言う事だろう。
実際に操縦しながら、シミレーション画面を見て意識を集中させる。そうすれば、そこまで怖い代物でもない。スザクの限界すらも見切って調整されているのだから、時折腹立たしい。
勢いを付けてランドスピナーで移動し、停止を繰り返す。反動が以前より大きい。それに体がついて行くように幾度か調整した後で、モニタ内の画面を一変させた。
疑似戦場画面だ。
自分はMVSとヴァリスを持ち、フロートを用いて移動する。
この画面は見慣れている。隠れている敵機は十機。その場所は常に変動を続けるのが、このシミレーターの有能な部分だった。まるで実際の戦闘と同じだからだ。
ただ、設定区域だけは変えられない。いい加減この地理を知り尽くしているスザクに取っては、難なくこなせるレベルだった。
MVSを動かすときの腕の動きが軽すぎる。もう少し自分で調整しなければ、振り回される。
一度振り下ろしたそれの感覚を確かめ、まず一機目と遭遇する。MVSを使用するつもりが、ヴァリスを構えてしまった。それもかなりの違和感を感じる。
「全く……っ」
これに一週間で慣れろと言うのだから、相変わらず無理を言う。
だが、慣れなければ意味を失うのがラウンズという代物だ。
一度目外したヴァリスは、敵に自分の位置を教える事になってしまう。急ぎフロートで降下して、今度こそMVSを使用する。
斜めにそれを分断し、モニタ上から姿を消させると、次がやってくる。
今回は追われる状態となってしまった。最初にこちらが、敵機を綺麗に葬らなかったせいだ。
だが、例えシミレーションとは言え下手を打つ訳にはいかない。
ランドスピナーで移動し、ヴァリスを次々に撃ち込み二機目を撃破、そして次に三、四機目が姿を現す。
うっすらとスザクは汗をかいていた。
久しぶりに、てこずっていた。この状態だと毎日通わなければこの機体に慣れる事は出来ないだろう。慣れない事、それはそのまま死を意味する。
スザクが行く先々はそのまま死と直結する戦場だからだ。
最終的に十機目を倒したまでに掛かった時間は一時間弱だった。息も上がっている、汗だくだった。
自動的にコクピットが開き、終了を知ったスザクは大きく息を吐き出して背もたれにもたれた。
「お疲れ様、スザクくん」
「セシルさん……これ、かなり手強いですよ」
「そうね。つい、弄りすぎちゃったかしら」
笑顔で言うのだから、憎めない。
慣れるしかないだろうと自分に言い聞かせ、渡されたタオルで汗をぬぐった。そしてミネラルウォーターを一気に喉に流し込む。
「さすがのスザクくんでも手こずってるようね……適合率九十パーセントを切っちゃった。まだ、続ける?」
「いえ……」
そこで、少し高い位置にあるコクピットからキャメロット内を見回す。
そしてこの二日で見慣れた姿を発見し、視線を止めた。
「少し、休憩させてもらって構いませんか?」
「ええ、構わないわよ。ああ、あのアンドロイドが気になる?」
「はい。ロイドさんはなんて?」
彼は所在なげに壁際に置かれた椅子に座っていた。ロイドの調査は終わったのだろうか? それともまだ解析中だろうか。
「まだ私も何も。取りあえず、行ってみましょう」
「ええ」
体中がきしむように痛んだ。
この機体に慣れるには一週間は短すぎるように感じられるが、さらなる調整を行っていては時間が足りない。全く、乗るのは人間だと言う事を忘れないで欲しいものだと悪態をつきそうになる口を封じた。
それよりも、ルルーシュだ。
きしむ体を叱咤して、彼の元へと駆け寄る。
ロイドの姿は付近にはなかった。
「どうだった、ルルーシュ」
「さあ、まだ……すごい汗だな、スザク」
と、ルルーシュはスザクの持っていたタオルを取り上げ、額や頬に流れる汗を拭き始める。
ごく自然な動作だったが、スザクが動揺するには十分の動作だった。
「ル、ルルーシュ。大丈夫だから。汗くらい拭けるから」
と、タオルを取り上げる。
「そうか? あまりにもすごかったから、見ていられなかった。気に障ったのならすまない」
「そう言う訳じゃないけど……」
まさか緊張した、なんて言えっこない。
呼吸も一瞬止まってしまったなど、尚更言える筈がなかった。
参ってしまう。自分はなんて思いを抱いてしまったのだろうか。
「あ、スザクくん。おもしろいものをありがとう〜」
と、ロイドがふらふらとやってきた。手にはディスクを持っている。ルルーシュの解析データだろうと当たりを付け、「どうだったんですか?」と、先に尋ねた。
「うん、面白いね。非常に面白い!」
「面白い?」
「彼の記憶は綺麗に真っ白。物理フォーマットを掛けてあるようだから、これは僕でもよみがえらせられない。だけど、彼の基本システムは面白いよ」
セクサロイドの事を言っているのだろうか。
こくり、と息を飲む。
「おーめーでーとー! 君は最高のパートナーを見つけたようだよ。彼の頭の中には古今東西の戦術戦略データが詰め込まれてる。その上にセクサロイド。完璧な容姿に完璧な肢体」
「え?」
「だから、君は彼と一生添い遂げた方がいいってことだよー」
「いえ、その前に、なんですかそのデータ。戦術戦略データ? 何故そんなものがセクサロイドに?」
「さあ。基本データだから、良くは分からない。発注者の趣味だったのか、それとも寝物語に戦略の相談でもしていたのかもしれないね。それにしても有益だよ、このデータは。僕でも読み込むのに当分の時間は掛かりそうだね」
ロイドはやけに興奮していた。
いや、彼のテンションが高いのはそれこそ基本フォーマットだが、それとも違う興奮に包まれているようだった。
「彼がひとりいるだけで、君の使い方は随分変わってくる。まあ、僕らは所詮技術畑の人間だから。指示とかそういうのはぜんっぜん無理だからね。君が今まで独断でしていた事のフォローを完璧に彼ならしてくれるだろうね」
「そう、ですか……」
何故か呆然とした。
この少しばかり偉そうで、だけど無垢な部分の多い彼の頭には古今東西のあらゆる争いが詰め込まれているのだ。それは血塗られた物ばかりに違いない。
それが余りに不似合いで、思わずスザクはルルーシュをじっと見てしまっていた。
ルルーシュもまっすぐに視線を返してくる。
だが、途中で気恥ずかしくなったのか、ちらりと視線を外すと、そのまま少し外れた場所を見るようになってしまった。
自分の視線にもしかして、彼を責めるようなものでもあったのだろうか。
それは違う、と思って反射的にルルーシュの名を呼んでいた。
「なんだ?」
「いや、気を悪くしたんだったら、ごめん」
「なんでそう思うんだ?」
「君が……目を反らしたから」
傍らでロイドが面白そうにやりとりを見ているのは分かっている。機械相手にこんな動揺した姿を見られているのはみっともないとも思う。だが、ルルーシュはルルーシュであって、機械ではない。ただの無機物とは違っていた。
「俺だって、まっすぐ見られたら……緊張する。それだけだ」
「そう?」
「ああ」
「それなら、良かった」
ほっと胸が軽くなった。
いつの間にか握りしめていたタオルが、ぱさりと落ちる。
それをルルーシュが拾った。
さらされるうなじと、バーコード。
――ああ、と落胆した気持ちになるのは仕方がない。
彼はプログラミングによって現在の持ち主を自分と定め、行動しているに過ぎない。
彼は機械だった。
それを示すものは、余り見たくなかった。
いや、その現実から目を背けたかっただけなのかもしれない。
「ほら」
「すまない、ありがとう」
落ちたタオルは、少々ほこりで汚れてしまっていた。その前に十分スザクの汗を吸って、湿っていたのだ。そりゃあほこりもついてしまうだろう。
「と、言う事だそうだ。俺はお前の役に立つ。一緒に連れて行ってもらえるか?」
「え?」
「俺はセクサロイドとしては必要とされていないらしい。だが、お前の参謀にならなれる。だから一緒に連れて行ってくれ」
「それは……」
もちろん、そのつもりだった。
だが切願するかの目の色が、スザクの胸を打つ。
彼は自分に必要とされなければ、生きていけない。
存在価値を見つけられない。
そんな存在、なのだ。
――そう、分かっている。
彼はロボット。アンドロイド。恋をしてはいけない。
「分かった、頼むよ」
告げれば、ぱあっと花がほころぶように彼は笑顔を見せた。
「ありがとう、スザク!」
両手を持って、喜ばれる。
そして思わず唇を寄せられそうになったが、弾かれたようにルルーシュの方から離れて行った。
「すまなかった、不快な思いをさせるところだった」
「いや……」
「あのー、僕の話。もうちょっと続きがあるんだけどいい?」
「え?」
ロイドがそこへ割り込んできた。
話はすっかり綺麗に終わったと思いこんでいたのに、何だと言うのだろう?
「後、これはどうでもいい些細な問題だけどね。彼の三原則は破壊されてるよ」
「え?」
「人に危害を加えない、人の命令に従わなくてはならない、自分の存在を守らなくてはならない――それが三原則だね、おおまかに言うと」
「ええ……」
それくらいは、スザクも知っていた。
「その全部が壊滅」
ロイドはぱーんと両手を大きく上げて、広げる。
「おーめーでーとー! すごく貴重な存在だよ、彼。一体どこの酔狂なバカが作ったのか知らないけど、良ければ僕に作らせて欲しかったところだよ。あーもう、もったいない!」
「え………」
スザクは放心してしまっていた。それから、ゆっくりとルルーシュを見る。
するとルルーシュは少しだけ瞼を落とし、「すまない」とだけ言った。
それが何よりもの答えだった。
では、彼はなぜ自分の言う事を聞いてくれていたのだろうか。
所有者だから?
それだけは変わらず絶対なのだろうか?
しかし彼は人を殺せるアンドロイドなのだ。
自分をマスター登録させていなかった初日は、危険だったと言う事だ。
彼の思い通りにさせてあげて、ある意味良かったのかもしれなかった。
目の前の存在が不可思議なものに思える。
そんなのは、最初からそうだったのだけれどもあまりにも現実離れした存在過ぎて、スザクの心がなかなかルルーシュと言う存在の形を上手く作り上げる事が出来なかった。
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