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機械仕掛の恋6


 それからの夜、ルルーシュはソファで寝るようになった。
 自分はセクサロイドだから、そういう気持ちになるのは止められない――との事だった。
 それを受け入れるのは、スザクとしても有り難い事だったが、心の片隅が落胆してるのも否めない。彼と抱き合った事は、忘れられない。脳裏に焼き付けられている。
 ルルーシュはあの時、自分をマスターとして認識していなかった。
 要するに彼の言う通り、傍に人のぬくもりがあればそう機能してしまうのがセクサロイドと言うものなのかもしれない。それともそう設定されていたか。
 しかし、それを受け入れるのは少しばかりの苦労を要した。
 心は既にとっくに傾いてしまっている。アンドロイド――いや、セクサロイド相手にだ。
 だから、自分だからああしてしまったのだと思いたい。
 そうじゃないと十分に分かっているのに求めてしまう葛藤はスザクの心にひどく負担をもたらした。いっそ自分から抱き寄せてしまえば、と思わないでもない。
 しかし調整されてしまったランスロットを乗りこなすための毎日は、それだけで体に負荷を掛けられて、帰ればシャワーすら億劫になるほど疲れてしまっていた。時間制限が今回は憎らしい。
 だから、ルルーシュを抱き寄せる事も、ソファで寝ると言ったのを撤回させることも、出来なかったのだ。間違っていると分かっているから余計に。
 独り寝なんていつもの事なのに、目覚めれば寂しい気持ちになった。
「………何を考えてるんだ、僕は」
 朝、男の生理として勃起したものをなだめながら、衣服を着替え今朝もキャメロットに向かう。
 隣の部屋で眠っているのか、それとも眠った風にしているのか分からないルルーシュを思いながら。



「なんだかスザクくん、すごく疲れてるようね……やっぱり私たちの調整、辛すぎたかしら」
「いえ、それはいいんです」
 そろそろ体も慣れ始めて来た。負荷は掛かるが、以前に比べれば格段に機能性が上がった事くらいは分かる。この実力は、今度単機で向かう事になる作戦に取っては必要なものだろう。
 先取りして行っていてくれていたそれに感謝すらすべきだった。
「じゃあ、あの子?」
 ちらり、と今日も部屋の片隅の椅子に座っているルルーシュを、セシルは見る。
「若いからって無理しちゃダメよ」
「ち、違いますよ!」
 あまりにあけすけに言われて、赤面した。
 そうじゃないから疲労しているのに、なんてことだ。
「あら、違うの? そういうものだから……」
「ものじゃないですよ、彼は。人間そのものだ」
「随分本気のようね」
 くすり、と彼女は笑う。若い自分の気持ちなど、セシルなどにはお見通しなのだろう。
 してはいけないと抑制が掛かれば掛かる程、成長してしまうのが心の中の欲望だ。
 恋をしてはいけない。
 好きになってはいけない。
 抱いてはいけない。
 そんな思いばかりを抱いているせいで、逆側がひどい事になっている。それを抑制するのはまだたくさんの経験を踏むには若すぎるスザクに取って、大変な事でもあった。
「本気とか……そういうのじゃありませんよ。単に彼は、友達です」
「友達?」
 彼女は破顔した。
 おかしな事を言うと思われただろう。でもそう思わなければやってられない。
「預かりものです、誰かに返すものですから」
「……それは、そうね」
 イルバル宮からは未だに連絡はない。
 このまま持ち主が見つからない可能性は高かった。なにせ、ものがものだ。
 その時自分は、この気持ちを抑えきれる事が出来るのだろうか――?
 時間が重なるにつれてふくれあがってしまうのを止められない気持ちは、既に暴発寸前だった。
 しかしまもなく出撃になる。ルルーシュは連れて行く事にしている。なによりもロイドがひどく乗り気だった。
 自分に取っても、彼の存在――その頭脳は役に立つだろう。
 なにせ自分は力押しのタイプだ。戦術、戦略があるとすれば単機行動の場合は助かる。
 複数機で行動する場合は別の所属の参謀がその役割を補ってくれるが、単機の場合は自分ひとりの判断で全てを行わなければならないからだ。
 出立は明日に控えていた。今日は帰れば、疲れた体に鞭打ってでも出立の準備をしなければならない。いつまでも同じ服ばかり着せていられないルルーシュの為の買い出しにも出たかった。
「セシルさん、今日は午前中で切り上げても?」
「ええ。もう機体との適合率も上がってるしね。何か用事?」
「出立の準備を」
「――ああ、そうね。忘れてたわ。私たちも準備しなきゃ。どうせ、午後はそちらの準備に追われるわ。ちょうどいいかもしれない」
「ありがとうございます」
 淡く微笑み、例を告げた。
 彼女はほんの少しだけ、その表情に首を傾げた。



 午後になり、今日はキャメロット内でシャワーを浴びたスザクはラウンズの正装のまま、一度帰宅する。いつの間にかルルーシュの指定席は後部座席ではなく、サイドシートになっていた。
 賓客ではある。しかし、いつまでもそんな距離を取っているのも妙な気分だった。
 それはルルーシュも感じていたのだろう。
 いつの間にか、本当に気がついたら自然に彼はその席に座るようになっていた。
「明日の準備なら、俺がやるぞ?」
「いや、その前に一度帰って、出かけたいんだ」
「そんなに疲れているのにか?」
 じっと自分を見られる。これは機械だからだろうか? それとも彼の性格だろうか? 彼の瞳はぶれる事を知らない。じっと相手を見つめる癖がある。
「大丈夫だよ、もう随分慣れた。それより買い出しに行きたいんだ。君の服もそれ一着じゃ困るだろう? 僕の服を着ているのにも限界があるし――」
「俺はあくまでもお邪魔している身だ。友達に服を買う趣味でも?」
「ひどいな」
 彼の言う事は、もっともだ。
 友達に服を買い与える事なんてしない。しかし彼の所有は今現在、自分となっている。放置しておく訳にもいかなかった。
 なんともややこしい関係だ。
「一応、所有者だからね。君の面倒は僕が見るよ」
「――ありがとう」
 彼の瞳が、ほんの少しだけゆらいだ。
 珍しい事だった。
 ほんのり、頬が赤らんでいるようにも見える。
「どうしたの、ルルーシュ」
「いや、嬉しいんだ」
「――?」
「スザクは俺の事なんか、どうでもいいと思ってたから」
「そんな訳ないだろう!」
 思わず声が大きくなっていた。この一週間、どれだけ彼の事で悩まされたか分からない。思考の半分をランスロットに、それ以外の全てが彼に向いていたと言っても過言ではないのだ。
 だが、だからこそ距離をおいていた。
 そのせいもあるのだろう、彼の誤解ももっともだった。
「ごめん、僕が悪かったよね」
「お前は悪くない。俺が……こんなだから」
「それこそ君が悪い問題じゃないよ。君は君なんだから、もっと堂々としていてよ」
「……そう、なのか?」
「うん」
「俺がスザクを好きでいても、構わないのか?」
 どくん、と心臓が跳ねた。
 どう答えたらいいんだろう。それはただのプログラムだ。電気信号の塊だ。
 だけど、人の脳も同じく電気信号で動いている。
 どこが違うと言うのだろう――いや、違う。プログラムと人の心は別だ。
 どうにも頭がぐしゃぐしゃになっていく。彼といると、いつだってそうだ。
「すまない、困らせた」
「違うんだ。それは君のプログラムであって……本当に、好きな人が出来るかもしれない。そんな可能性だってある」
「それはない」
 きっぱりと彼は言い切った。
「お前しか、好きになれない」
 ずしり、と胸が重くなった。
 これが事実ならばいいのに。
 プログラムの書き換えなんて一生なければいいのに。
 マスターなんて現れなければいいのに。
「僕も……君が好きだよ。でも、君はいずれ僕の元を去る。だから辛いんだ」
 つい、本音を吐露してしまった。
 声は低く、小さかった。だが彼は人よりも良い耳でそれをしっかり聞き取っただろう。
 ちょうどその時、車は自邸へと到着した。
 取りあえず着替えなくてはならない。ラウンズの正装で街中へなど出れば、騒ぎの元にしかならない。
 自分の部屋へ戻ると、しかし動きは封じられてしまった。
「ル、ルーシュ」
「本当か、さっきの言葉」
「………」
 何も返せなかった。ついこぼれてしまった言葉なのだ。
 本当なら聞かせたくはなかった。
「なら……」
 抱きつかれたまま、動けなくなる。
 彼が求めている事は分かる。でも、それをしてはいけないと頭の中で警告がひどく鳴る。
「でも……君は、僕の友達で………」
「そうじゃない」
「そうじゃないとダメなんっ」
 唇をふさがれた。
 背後から抱きしめられていたのに、くるりと体勢を入れ替えられ、強い力で抱きしめられる。
「スザク……」
 キスの合間に名を呼ばれる。ダメだと思うのに、本能の部分が逆らえなかった。
 そのまま、自分からキスを返す。
 長いキスになった。
 重ねるだけのものから、次第にほころんだ彼の唇へ舌は忍び込み、彼の甘い舌を舐める。
 ずっとずっと我慢して与えられたものはひどく甘美なものだった。
 手を伸ばしさえすれば与えられたもの。抑制していたのは単に自分だったのに、そんな事を忘れてしまう。いや、今もやめろとのアラームは鳴りやまない。
 だけどルルーシュが愛おしくて仕方なかった。
 髪を梳き、うなじを撫でれば彼は小さく喉奥で鳴く。
 これから買い出しに出かけて、出立の準備をしなければならないのにそんな気持ちが霧散してしまいそうになる。慌ててかき集めて、それでも再び飛び散ろうとする。
「ルルーシュ、ルルーシュ、好きだよ」
 舌を絡め合い、こんなのは偽物だって思ってるくせに溺れてしまう。
 ぴちゃり、と唾液の音が鳴った。
 間近のルルーシュのグレイの瞳はとろりとしていて、ひどく甘そうにとろけている。
「スザク……好きだ、俺も好きだ。この一週間どうにかなりそうだった」
 心の片隅でダメージを受けている。そんなのはただのプログラムに過ぎない。
 なのに喜んでしまっている自分がバカだと思う。
 このまま、ベッドルームに連れ込みたくなる気持ちをぐっと堪えた。
 引き返せない場所に行く前に、なんとか踏みとどまらなければならなかった。
 それがどれだけ辛い作業であっても、もう感情を伝えてしまった後であっても、最後の一線はある。それを守らなければ自分は自分を許せない。
「ルルーシュ」
 再び、髪を柔らかく梳き、撫でた。
 その手触りが気持ち良すぎて、葛藤はとてつもなく手酷く、自分の手に負えるものではないような気がした。



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2011.6.5.
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