なんとか、理性が欲望に勝った。
キスだけで終わりにして、ルルーシュを引き離す。彼の手は強く自分を抱きしめていたけれども、そのじんわり低い温度が滲んでくるのが溜まらなかったけれども、それでもこれ以上はダメだとの自制心が効いた。
「ルルーシュ、買い物に行こう」
「……ああ、そうだな」
彼は、ゆっくりと腕を解いて行く。それがかわいそうに思えたけれども、強く両手の拳を握ってスザクは手を差し伸べたくなる欲求に耐えた。
「明日から、ブリタニアじゃないんだな。なんか妙だな。俺には記憶がないのに、初めての事がなんだか嬉しい」
彼はかすかに微笑む。少し傷ついた顔をしていた。
申し訳ない気持ちになるけれども、そういうものなんだと必死に割り切ろうとする。そうでなければ、やっていけない。
「それで普通だよ。記憶があろうがなかろうが、新しい場所は楽しみなものだよ」
軽く笑ってみせる。だが、向かうのは戦場だ。それを彼は理解している筈だが、元々戦術・戦略に優れた頭脳を持っているのならば、それも楽しみな場所に成りえるのだろうか。
「君には、僕の参謀を務めてもらいたい。お願い出来る?」
「俺がスザクに出来る事があるのなら、なんだってやる」
「……お願いするね」
息が詰まる。暑く感じる。それは全て彼の存在のせいだ。
自分より低い体温が気持ち良いなんて、おかしい。
まだ至近にある彼と距離を取って、ラウンズの正装を解き始めた。ルルーシュはそれを手伝わない。それは、最初に断ってあるからだった。
そして私服に着替えると、気持ちを入れ替える。
「じゃあ、買い物に行こうか」
「ああ」
彼が笑う。その笑顔が好きだと思った。
何日間の遠征になるのか分からず、結局その日はルルーシュの服ばかり何着も買っていた。
どうせ使い道のない金だ。それくらいは彼に貢いだところで構わないだろう。仕立ての良いものを選び、見栄えももちろん考慮した。彼がセクサロイドであることは、キャメロットの全員が知っている。それでも侮られないよう、きちりと参謀に見えるよう衣服を整えた。
家に戻れば、もう夕刻をとっくに過ぎていた。
オーダーメイドで仕立てるべきだったと気付いたのは、買い出しに出ている最中だった。彼の体は華奢で、なかなか合う服が見つからなかったのだ。しかしセミオーダーにしてももう時間が足りなさすぎた。もっと早くに気付くべきだった。
それでもなんとか合う服を探すのは、難しくもありながら楽しかった。
彼にいろいろな服を着せては試すを繰り返していたが、これではまるで恋人に服を買い与えるデートみたいだなと途中で気付き、ひとり赤面したりしていた。もっともルルーシュは、不思議そうな顔をしているだけだったけれども。
帰り着けば、疲れ果てていた。
夕食は準備されている。帰って執事に伝えれば、すぐに用意された。
食べる必要はなくとも、ルルーシュは三食全てをスザクと共にしている。キャメロットにいてもそうだ。彼のための食事は用意している。たまに苦笑されるが、それでも自分だけが食べる状況はあまり好ましくなかったのだ。
出立の準備、とは言えすることは大してない。
ラウンズの正装は一着あれば十分だし、パイロットスーツはキャメロットが用意している。夜着にもなるような簡易な衣服と下着の替えがあれば十分だった。
小さなボストンにそれを詰め込むと、ルルーシュは自分のやることがないと唇を尖らせている。
その姿が可愛くて、思わず笑った。
「もうじき、作戦データが届く。それを見てルルーシュは明日以降の事を考えておいて。君の荷物はそのまま持って行けばいいから」
「ああ……」
と、買ったばかりのブティックのバッグの群を見る。
「出来れば、俺も入れ替えたいんだがカバンはないか?」
「カバン? ……多分あると思うけど……」
と思ったが彼の荷物は多すぎるだろう。キャリーケースを出し、それをルルーシュに渡す。
すると彼はてきぱきとコンパクトにたたみ直しながら、綺麗にそれらを収納し出した。
「上手いね」
「性分なんだ。こういうのはきっちりしてないと気がすまない」
その言い方に思わず吹き出す。
まるで人間だったからだ。彼が自分を機械扱いしない発言なんて珍しいことだった。
それが好ましく感じる。
「あ……」
しかしその途中で、部屋のPCが音を立てる。
情報が送信されてきたのだろう。こんなにギリギリになるのは久しぶりだ。まだ建設途中と言うことだから、情報の確保も難しかったのだろう。
「ルルーシュ」
「ああ」
大方、彼の荷造りは終わりかけていた。その手を止めてふたりでPC画面を見つめる。
「……海沿いか」
「こちらはアヴァロンで出撃だね。ベースはそこになると思う」
「フロートでの遊撃になるな。まだ建設途中とは言え、添えられていた不鮮明な写真には迎撃システムが既に組み込まれているように見える。
「これは、もう稼働するように作られてあるな。お前はまずこの両端の迎撃システムを破壊。その上で基地全壊を目指すべきだろう。当然EU側のナイトメアも配備されている筈だ。ひとりで大丈夫なのか?」
「まあ、そこそこ慣れてるかな」
単機での出撃は、なにもこれが最初な訳じゃない。
今回は参謀がいるだけでも、大きく違った。
「君がいるから、今回は楽かもしれない」
「俺は指示を与えるくらいしか手助け出来ない。お前に何かがあってからではマズいんだ。ちゃんと俺も指示を出すが、マズいと思ったら一度帰投してくれ」
「分かったよ」
それから、彼は自分の荷物をひとまず完璧にすると、資料を読み込み始めたようだった。
いつもなら自分がする事だが、彼に任せて大丈夫だろうと思う。後で概略を話すから、お前は休めと言われてしまっている。
仕方がないので、スザクはシャワーを浴びて、衣服を改めた。
確かに今日もそれなりに疲弊している。だが、明日から出撃だと思うと意識の一部が冴えてなかなか眠れない。それもままある事だった。慣れている事だった。
それでもいくらかは眠れたのだろう、気がつけば朝の陽光で、自分が眠っていた事を知る。
ルルーシュの姿は部屋の中にはなかった。いつもの事だ。
衣服を改めるにも早い時間だったので、そのまま隣の部屋に移動する。
ルルーシュはまだPCの前から動いていないようだった。
「どうしたの、まさか昨日からずっと?」
「ああ……どうにもきな臭い。これは本当にEUが作っている基地なのか?」
「え?」
「EU側にハッキングを試みたけれども、そんな資料が出てこないんだ。極秘裏にされているからかもしれないが…」
彼の表情は、固い。
「だけど、自分を嵌めて得する人間なんていないはずだよ?」
「ラウンズの座が一つ空く」
「そんな事をしなくても、現在のラウンズは空席だらけだ」
「ああ……そうだったな」
彼はどうやら知っているらしい。
基本データとしてそれも入っていたのだろうか。それとも後で知ったのだろうか。
「ひとまず指令は絶対だ。僕は向かわなければならないよ」
「そうか……分かった、俺も最大限のサポートをする」
「よろしく」
笑顔で告げたが、ルルーシュの表情はいまだ固いままだった。
キャメロットに到着すれば、そちらも出立準備は整っていたようだった。もっともスタッフのみんなは、なんとも疲れた様子だ。あの分では徹夜仕事になってしまったのだろう。
アヴァロンの手配すらしていなかったのかもしれない。
ロイドはランスロットの調整とルルーシュのデータにかまけてばかりいたし、それはセシルも同じ事だ。トップのふたりがそんな調子では、他のメンバーも気にはなっていただろうが誰かが手配してるもの、と信じて動いていたに違いない。
「おーはーよーうー、スザクくんとルルーシュくん。準備は万端だよー」
「どうにも、お疲れのようですけどね」
「いやいや、それはいつもの事だから」
何故か謙遜調子でロイドが言う。しかしこの人が妙なのは、いつもの事だ。深く考えるだけ損をするとは、この長い付き合いの中で分かっていた。
「そっちも準備は――あれ? 今日は違う服なんだねー、しかも荷物がたくさんで。スザクくんに買ってもらった?」
「ああ、そうだが?」
しれっとルルーシュが言う。だがロイドの言葉には、裏がある。
彼はセクサロイドとしてまだルルーシュを扱っている。
「ふうーん」
と、案の定自分の顔を、含みあり気な顔で見られてしまった。
どれだけこちらが苦労しているのかも分からないくせに、全くとため息が落ちてしまうのは、仕方ないかった。
NEXT