空の旅は、およそ数時間。
帝都ペンドラゴンからアフリカ大陸まではそう離れている訳ではない。その間に再度調整されたランスロットとの相性を確かめていた。
当たり前のようにルルーシュと同じ部屋にされていたスザクは、荷解きを彼に任せていた。
それくらいなら俺がするからと言う申し出を素直に受け入れたのだ。彼の手さばきなら自分のものも含めてあっと言う間にやってしまうだろう。
そしてそれはそのようだったようで、じきに格納庫へと彼は顔を出した。
「ルルーシュ、ここは危ないから艦橋に行ってて。そこで多分ロイドさんからの話もあると思うし」
「そうか」
分かった、と彼は格納庫を出て行く。
彼の役割は、今回参謀という重要なものだ。未完成の基地を一基潰すとは言え、警備部隊が派遣されていない筈がない。それらを自分がどう掃討していくのかは、今回彼に一任することに決めていた。
彼の頭脳について、ロイドはまだ解析を終えていないらしい。あの人が……と思うと珍しい事だった。まあ、優先順位の問題もある。今回はランスロットの調整が第一だった。
今頃PCにかじりついて、彼はルルーシュのデータを眺めていることだろう。
自分は最終調整に入り、一応慣れた事を確認する。
これなら大丈夫だろうと納得し、ランスロットを降りた。
ルルーシュの事が心配だ。そのまま艦橋へ向かう。
「でねー、これが……」
ロイドがルルーシュにデータの説明をしている最中だった。データと言ってもこれから向かう先のデータだ。多分昨日自宅に送られて来たものと同じだろう。
それとも、ロイドはより詳細なデータを得ているのだろうか?
彼を参謀として使えるかどうかのテストをしているのかもしれない。
「ああ、スザク。お疲れ様」
傍に行くと、ルルーシュは微笑みながら言ってくれる。
「ありがとう」
と、こちらも自然に笑みとなった。
「で、どう?」
「一応データを見せてるとこ。君は? スザクくん。あれで大丈夫そうかい?」
「ええ。もう慣れました。振り回される事はないと思います」
「そう、良かった。じゃあ次はもうちょい深めに弄ってみるかな〜」
などと、ロイドは恐ろしい事を言う。彼の実力は確かだが、たまに乗っているのは人間だと言う事を忘れているような気がしてしまうほどだ。
「で、どうですか、参謀殿は?」
「うん、とっても良好な手応え」
ロイドは満足したような顔で、ルルーシュを見た。
その視線を受けて、ルルーシュはスザクを見る。
「絶対に、お前を殺させたりなんかはしないから」
「信用してるよ」
ぽん、と軽く肩に手を乗せた。
「昨日こちらに送られて来たデータと同じですよね」
「うん、そうみたいだね。ルルーシュくんは覚えてたみたいだし、一言一句違わないそうだよ。でもきな臭いと彼は言ってるね」
「ええ、それは言ってました。本当にEUの基地で?」
「本国からのデータだもん。疑えないよお」
あはは、とロイドは笑う。
もし誤データだった場合、こちらは罠に嵌められることになるのだが分かっているのだろうか?
いや、分かっていてもその態度だろうなと思わされた。
「じゃあ、両端の迎撃システムは北側がスザクを、南側はアヴァロンで破壊する事にします。それでかなりの防御はダウンする筈です」
「そうだねー」
真面目な話をしているのに、ちっともそう思わせないところがこの人の怖いところだとスザクは思う。この人が本気になった時は、どうなるのだろうと思いを馳せずにはいられないのだ。
それは余程のピンチの時であろうが――いや、その時でも彼はこの悠長なマイペースを崩さない気がする。不思議な人だった。
「その後、本格的に警備隊が出てきて戦闘になるでしょうが、どこが格納庫にあたるのかは現時点では分かりません。臨機応変に対応していくしかない――任せたぞ、スザク」
「ああ、それなら得意だから任せて」
大抵単機で行動するときは、臨機応変と言えば言葉が良いが、力任せで進むのがスザクのやり方だ。慣れたものだった。
「状況が分かれば逐一連絡を入れる。さて……まもなく見えて来る筈だが?」
その五分後に、第一射撃がアヴァロンへ向けて発射されていた。
ブレイズルミナスで簡単に弾ける実弾だ。まだ距離はあると見て良い。
「さて、そろそろ僕はランスロットで待機。ルルーシュはここだよね?」
「ああ。ちゃんと守ってやるから、お前も俺を守れよ?」
「分かってるよ」
それじゃ、と笑顔で手を振った。
パイロットスーツの襟元までジッパーを上げ、顔を冷たい水で洗う。気持ちを引き締める。
これからは、ひとりぼっちの戦いの始まりだ。
何度も経験しているが、非戦闘員も混じる現場は初めてだった。
そのことにためらう自分が存在していることも知っている。しかし命令はあくまでも殲滅だ。皆殺し――と、言う事になる。
「命令は、命令だ」
鏡の中の自分に、言い聞かせた。
そしてタオルで髪にまでついた水気を拭うと、そのまま格納庫へと向かった。
ランスロットには実戦用のデータが既に送信してあった。
その北側に自分はターゲットを絞る。不鮮明な写真だった。だが、確実に出来上がろうとしている、反ブリタニアの施設。
ブリタニアは、悪だともスザクは思っている。それはスザクが名誉ブリタニア人であるからかもしれない。領土を蹂躙し、貪欲に我が物にしていく姿はいっそおぞましさも感じる。
だが自分はそんな国の最強十二騎士のひとりなのだ。
国を否定すれば、自分も否定する事になる。
だけど、その感覚は決して捨ててはいけないものだとも思っていた。
『スザク、まもなく目視出来る地点に入る。ランスロットは出撃出来るか』
「ああ、いつでもどうぞ」
『では、射出』
目の前の扉が開き、伸びる道が見える。そこをランドスピナーで走りながら、エナジーの一部をフロートへ分け与える作業を行い、ふわりと飛翔した。
写真通りの風景が、そこには鮮明にあった。
『スザク、北側だ。早くしなければ狙い撃ちになる』
「分かったよ」
ヴァリスを構える。このヴァリスにも手が加えられていた。ハドロン砲が撃てるようになっている。超高出力のそれは、一撃にして基地の一部を吹き飛ばすだろう。
ターゲットが重なった瞬間に、引き金を引く。
まっすぐに射線はルルーシュの指示した北側迎撃システムへ向いて行った。
そして、遅れて聞こえる爆音。
南側でも同じ現象が起きていた。
二点同時攻撃。これほど完璧にやり遂げられるとも思っていなかった。
しかし、危惧していたナイトメアの出撃の様子は見られない。
「ルルーシュ」
『ああ、妙だな……』
非戦闘員たちの姿が、ぱらぱらと見て取れる。
全員が白衣姿だったのが印象的だった。
「どういう事だ?」
『まさか、一杯食わされたか?』
「まさか!」
しかし状況は読めないままだ。
『まあいい、スザク。命令は殲滅だ。基地を壊していく。……出来るな?』
「――ああ」
非戦闘員であろうと、それは敵だった。
基地の基礎を狙い、ヴァリスのトリガーを引く。
爆風に紛れ、白衣の人員が飛び散るのが見えた。赤が混じった白衣は心臓を痛くさせる。だがそんな弱音を見せている場合ではない。
データが送られてくる。あの基地の基礎部分を咄嗟に調べ上げ、ルルーシュがスザクへ寄こしたのだ。
そこを狙え、と言うことだろう。
アヴァロンは全方向ブレイズルミナスではない。万一の時の為に、一歩後退をしている。
これからが本当に単機戦となった。
基礎を壊し、地下へ続くのであろう地面を掘削していた穴をがれきで閉じる。
簡単に基地は瓦解した。
多くの非戦闘員を巻き添えにして。
思わず、こみ上げてくる吐き気には必死で耐えた。これではただの人殺しだと思う感情も殺した。元から自分は人殺しなのだから。
基地は既に形らしい形を取っていなかった。そこで帰投を命じられる。エナジーの消費もそろそろ限界に近づいている。それは有り難い勧告だった。
「スザク、大丈夫か?」
帰投すれば、あれだけ危ないと言ったのに、ルルーシュは格納庫で待っていた。
「うん、大丈夫。これが僕の仕事だから」
「でも顔色が真っ白だ」
「それは――」
爆風に舞い上がる白衣。血に染まった白衣。本来死ぬ必要のなかったであろう人々。
心臓の上に鉛を置かれたように、急に胸苦しく呼吸も浅いものになる。
「一度、部屋に戻っていいかな。――ああ、その前にスーツ脱がなきゃ」
心配気なルルーシュを置いて、スザクはその場を立ち去りシャワールームへと向かった。
当たり前の事なのだ。戦争をしていれば一般市民はどうしても巻き込まれる。
犠牲のない戦争なんてない。
分かっている。分かっているが――やりきれない。
頭から冷水を被った。
少しでも冷静な気持ちが取り戻せるようにと思って取った行動だったが、全く意味を為さなかった。
「取りあえず、おめでと。これで任務は完了かな。一応後で、偵察には出ないといけないけど今
から向かっても日が暮れるし、意味ないからね。明日にしちゃおうか」
「そうですね」
「スザクくんも疲れてるみたいだし、ゆっくり休んで」
「ありがとうございます、セシルさん」
軽くお辞儀をして、艦橋を去る。ルルーシュは子供のように自分の後をついて回っていた。
部屋に戻る。何故かベッドは一台しかないし、ソファも小作りなものだ。
ルルーシュは今夜どこで眠ればいいだろう? とぼんやりした頭で思う。
「大丈夫か、スザク」
「うん……多分ね」
「多分?」
「ちょっと、参ってるかな……それよりも君、今日寝るのはどうする?」
「俺は別に寝る必要はない。起きてるさ」
「そうか」
スザクが座ったソファの横に、ルルーシュが座る。そして自分を抱きしめてくれる。
じんわりとした低い体温が、時期に染みてくる。
「――何も、俺は、出来ないから」
「いや、ここにいてくれるだけで大分と違う。ありがとう」
過剰な接触も、今は気にならなかった。
やはりダメージが大きすぎたのだろう。一般人を殺すことは、やはり、慣れない。慣れてはいけない感覚だが、ラウンズと言う職を選んだ以上、いつだってつきまとう存在だった。
軍用基地ででもない限り、どこにでも一般人は存在するのだから。
ルルーシュはそのまま自分を抱きしめてくれていた。
くたり、とスザクは彼に体重を預けた。それがひどく心地よかった。
小さく鼓動の音が聞こえる。
ルルーシュのものだろう。そんなものまで再現されているんだなあと、どこか遠い気持ちで考えるのが精一杯だった。
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