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機械仕掛の恋9


 その日は、一緒に眠った。
 なにもせず、ルルーシュはただ自分を抱きしめていてくれたし、自分はされるがままになっていた。なかなか眠れないと思っていたのに、いつの間にかその低い体温と鼓動の音に癒やされていたらしい。
 気がつけば、目覚まし時計が鳴っていた。
「おはよう……」
「おはよう、大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
 そして、自分は自然に彼に口付けをしていた。
 重ね合わせるだけの幼いキスだ。だが、それを禁じていた「何か」が外れたのは事実だったようで、体が求めるがままに自然と動いてしまっていたのだ。
 ルルーシュはひどく驚いているようだった。
「おはよう、のキス?」
「ああ……うん、そうだね」
 スザクはごまかす。
 本当はそんな物ではないことを知っているのに、ズルイなと思いながらも、彼に今まで無理を強いて来た以上、ここで心変わりする事なんてあってはならない。ゆっくりと意識的に普段の笑みを浮かべ、再び「おはよう」と告げ、ベッドを降りた。
「大丈夫なのか?」
「うん、仕事だから。こんな事はしょっちゅうだよ。ごめんね、昨日はきっと甘えが出た。君に甘えてしまったんだ」
「それは構わないが……」
 ルルーシュは戸惑った顔を隠さない。その表情で、自分がとんでもない失敗を犯してしまったのだと知った。本当はあんなキスではなく、もっと本当のキスがしたいと知ればどうするだろう。再び抱きたいと知ればどうするだろう……?
 昨日、いっそ抱いてしまえば良かったのかもしれない。
 あの最悪な気分を払拭するために……いや。そんな事に彼を使ってはいけない。彼に対しても失礼過ぎる。
「ごめんね」
 もう一度謝って、スザクはシャワールームへと向かった。
 このバカな事ばかりを考える頭を冷やすべきだった。
 掃討作戦は終了している。現地を今一度見て、帰投するだけになるだろう。
 短い作戦だった。だが、予想以上にスザクへはダメージを残していた。



 滅茶苦茶に破壊された基地の残骸の傍に、アヴァロンは停泊する。
 ランスロット一機で現状を見ようとしたが、ルルーシュが付いてくると言って仕方なかったので、防護服を着た上でふたりで陸上を歩くことになった。
「どうしてあんなに駄々をこねたの?」
 掃討作戦を指示する上でも、普段でも、ルルーシュは相当聞き分けの良い相手だった。だが今回ばかりは自分も行くと言ってきかなかったのだ。
「呼ばれている気がするんだ」
「呼ばれてる?」
「分からない――でも」
 軽く、ルルーシュは頭を振る。自分でも自分の事が良く分かっていないようだった。
 そして、まっすぐ前を見る。残骸に成り果てた、基地だ。
「足場は悪いから、気を付けて」
「ああ」
 先に自分が進み、足場を確認してからルルーシュを呼ぶ。とてもじゃないがひとりで行き来するのは難しそうな場所では、自分が先行してルルーシュの手を引いた。自慢ではないが、自分の身体能力は一般人とは違うらしい。大体の悪路なら、踏破出来る自信もあった。
 決して綺麗な場所ではない。
 戦闘の翌日だ。遺体は転がっているし、建設に使っていたのだろう重機が倒れていたりもする。
「………」
 自分が殺した。
 複数人の白衣の男が重なり合っている場所があった。きっとヴァリスの余波でも受けたのだろう、体は人の形をしていないものもあった。
 息をのむ。でも、決して目を反らしてはならない。
 自分のした結果を受け入れなければ、自分を許せそうになかったからだ。
 それら全てを自分の責任として自分の中にしまい込んでおかなければならなかった。
「スザク……」
 黙った自分に、ルルーシュは心配気な声を掛けてくる。
「大丈夫、だから」
 彼は手を握ってくれた。防護服越しだから、残念ながら体温は分からない。でも、もうその温度は知っている。哀しいくらいに優しい温度だった。
「無理をする必要はない」
「いいや、これは必要な事なんだ」
 生き残りを捜す作業。そして自分の起こした事の顛末。
 全て、ラウンズである自分の責任だ。
 部下を引き連れての行進ならそれも他者に委ねる事が出来ただろう。だが、今回は実戦には向かないキャメロットと自分だけだ。いや、ルルーシュも含まれる。彼は人を殺すことも出来るアンドロイドだ。
 実際、自分のとは別にルルーシュにも銃器は持たされていた。
 静かに歩きながら進んでいくと、急にルルーシュが立ち止まった場所があった。
 そこは広場のようだった。
「……誰だ」
 真ん中に、少女がひとり立っていた。
 明らかに異質な雰囲気を漂わせている。この基地の関係者でないことは確かだろう。
 だが、彼女は薄く笑った後、こう告げた。
「私の居場所を無茶苦茶にしてくれた上に、その言い方はなかなかだな、枢木スザク」
「――……っ」
 名前を知られている? まさか。
 いや――昨日の戦闘を見ていたとすれば、ランスロットを目撃している筈。ラウンズとして名を馳せているスザクの愛機などほぼ世界中の新聞に掲載されているだろうし、記憶に留めていてもおかしくない筈だった。
「お前は、誰だ」
「私はC.C.」
「シーツー? 名前は?」
「それが名前だ」
 ばさ、っと長い緑の髪を払い、彼女は不遜にこちらを見る。
「そして、面白いものを連れているじゃないか。返してもらおうか?」
「え……」
 彼女の視線はまっすぐにルルーシュを見ていた。慌ててルルーシュを見れば、彼もまたC.C.と名乗った少女を見つめたまま、動かずにいる。
「返すと言っても、彼は預かっているだけに過ぎない。勝手に引き渡す訳には」
「その持ち主だと言っている。だから返してもらおう」
「――その証拠は?」
「そいつの記憶は消えているな? それが証拠だ」
「そんな事……」
 誰だって、言える。と、思ったがそれを知っているのは自分を含め極少数の人間しか知らない筈の事実だった。
「どうして、そんな事を言える」
「私が消したからだ」
「どうして」
「不都合だったからだよ」
 ふ、と彼女は笑った。
 ルルーシュへ視線をやれば、視線を感じたのか自分を見て来る。明らかに困惑している表情だった。
「知り合い?」
「――分からない」
「そうだろうな、お前の記憶に私はいない。だが、私の記憶にお前はいる。だから帰ってこい」
 ふらり、と夢遊病者のような足取りで、ルルーシュは彼女の言葉に従い一歩を踏み出した。
 だがそれを止めたのは、スザク自身だった。
「まだ確定していない。現在の彼の所有は僕だ。勝手な事は許さない」
「………なんだ、お前」
 彼女は、再び笑う。
「虜になったか?」
「ち、違う」
「違わない。目がそう語っている」
 思わず、彼女から視線を外した。
 そしてルルーシュを見る。
「ルルーシュ、行かないって言って」
「スザク……」
 ちらり、とC.C.を見てから、彼は自分をしっかりと見る。
「自分の記憶が、もし取り戻せるなら……」
「行かないって言って!」
 くすくすと彼女の笑う声が聞こえた。だが、そんなものに取り合っている場合ではなかった。
 ルルーシュをあの正体不明の女の元へやる訳にはいかない。そうだ、責任がある。自分は彼を預かっているのだ。例え彼女が正当な持ち主であろうと、正式な手続きを踏まなければマスターの書き換えは出来ない。
「まだ、彼は僕のものだ。君には渡さない」
「そうか、それは残念だ」
「ひとつ、質問がある。――どうして記憶を消した」
「不都合な事がある、と告げた筈だが?」
「その不都合な事とは?」
「わざわざ消したものを告げるバカがどこにいると思うんだ? このバカ者」
「――っ」
 彼女はわざと挑発しているのだろうか。それとも素であの調子なのだろうか。
「すまない、スザク。俺は大丈夫だ。俺のマスターは、お前だ。行かない」
「ルルーシュ」
 その言葉に慌てたのは、C.C.の方だった。
「帰って来い。お前はまだ必要だ」
「――そういう訳にはいかない。俺にはスザクがいる」
「………分かった」
 そして、とん、と彼女はその場を踏み出すとこちらへと歩み寄って来た。
「それじゃあ、お前と行動を共にする。それなら構わないな?」
「え?」
「お前はナイト・オブ・セブンの枢木スザクだな。アヴァロンで来ている筈だ。私の居場所を無茶苦茶にしてくれた詫びくらいはしてもらおうか」
「どういう……」
「ここは私の場所だった、と言う事だ。お前は頭の回転が鈍いのか?」
 カチンと来たが、ここは冷静に構えることにした。
「君はEUの指揮官かなにかなの?」
 まさかとは思う。この若さの少女が基地一つを任されるなどラウンズでもない限りあり得ない。
「まさか」
 そして、その通りだったようだ。彼女は笑い飛ばした。
「ここはEUのものではない。私個人のものだ」
「個人でこんな物騒なものを?」
「それは趣味だ、気にするな」
「するよ。そんな人間の元へルルーシュをなんて帰せない」
 彼の手をぐっと握る。相応の力で握り返された。その事に、心の片隅がほっとする。
 彼はまだ、自分を選んでくれている。
「分かった分かった。どうせ私はブリタニアに用がある。お前も帰るのだろう? 丁度いい、乗せていけ」
「そんな義理は……」
「この代償は?」
 と、基地の残骸を指し示される。
「研究員も全滅だ。人命すらも秤にかけて、それでも私はなお軽いか?」
「――……」
 そこを突かれるのは、正直きつかった。
 EUの基地ではなかった。だとすれば、自分の行った行為はただの虐殺だ。
 その感情を知ったのか、ルルーシュは強く自分の手を握ってくれる。
「――分かった。ブリタニアへ、だね」
「話が早い」
「その前に、全てのチェックをしてからじゃないとアヴァロンには乗せられない。いいね?」
「なんでもどうぞ。銃器は持っていない。ついでに私はアンドロイドでもない」
 と、髪をばさりと掻き上げ、首筋を見せた。
 真っ白で綺麗な、傷ひとつない首筋だった。
「スザク」
 ルルーシュが促すように言う。
 自分は、頷くしかなかった。



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2011.6.9.
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