彼女をアヴァロンに乗せる事は、スザクにとってたやすい事だ。
なぜなら、書類上のトップは彼だからだ。キャメロットにしても関係のない女性がひとり乗り込んだところで気にも留めないだろう。彼等はナイトメアのエキスパートであって、配置には殆ど関与してこない。
唯一口を挟むとすれば、元上司でもあるロイドとセシルくらいなものだろう。
彼女は白のワンピース姿だ。体にフィットするそれに銃器は隠せないだろう。
だが、一応の金属検査を掛ける。その上でアヴァロンへ乗艦させた。
本当は訳の分からない彼女を連れて行くのは、いやだった。何よりもルルーシュの持ち主であると主張する人物を連れて行きたくなかったのだ。
しかし、ルルーシュがそれを望んでいる。
仕方がなかった。彼がそれを求めているのなら、自分に止める権利はない。
C.C.と名乗った彼女は不遜な態度で全てを受け入れ、つんと顎を上げたまま乗艦した。
ルルーシュは明らかに彼女を意識していた。自分の出自を知りたいと願う気持ちは、人でもアンドロイドでも同じなのだろう。いや、ここまで人に近い存在だ。心も機械とは違う別物なのかもしれない。
「ルルーシュ、彼女と話をするかい?」
「いや……お前と一緒の方がいい」
「そう」
アヴァロン内の、スザクの自室だった。彼女は我が者顔でソファに座り、こちらをちらりとも見ようとはしない。
スザクとルルーシュは、部屋の入り口に立ったままだった。
本当は彼女と対面すべきなのだろう。だが心の準備が少なくともスザクはまだ整わない。
ルルーシュもまたそうなのだろう。スザクの手を握り、そこから動こうとはしなかった。
「なんだ? お前達は私が怖いのか?」
彼女がようやく、こちらへ意識を向ける。振り返り薄く笑った。
「なにもするつもりはない。早く座ったらどうだ?」
「……ああ、分かったよ」
仕方がなかった。ルルーシュの手を引き、彼女と正対するソファへ座る。幸いにも二人掛けだ。隣にはぴたりとルルーシュが座った。
「ずいぶん懐いたようだな」
彼女は笑う。
「現在のマスターは僕だからね」
「いや、そういう意味じゃない。こいつにはそういうものは関係ない」
「……?」
言っている意味が分からず、首を傾げる。その表情を読んだのだろう、彼女の笑みは更に濃いものになっていた。
「そいつはアンドロイドとしては欠陥品だ。三原則はなく、マスターの認識もない」
「え……」
慌てて、スザクはルルーシュを見た。彼は確かに自分をマスターとして扱うような真似はしていなかった。それでもスザクの意図を読んで行動していた筈だ。
「限りなく人に近いアンドロイド。そう言えば分かるか?」
「何故、そんなものを」
「さあな。私にも分からない」
C.C.は肩をすくめて笑った。
「持ち主だ、と名乗ったのは君だよ?」
「そうすればそいつと一緒にいれると思ったからだ。本当は違う」
「なんだって?」
既にアヴァロンは帰途に着く準備を始めていた。今から彼女を降ろすのは、面倒な事だろう。だが不可能ではない。
しかし彼女は彼の事を確実に知っていた。ここで降ろしてしまうのは、得策ではないのだろう、多分。だが感情の部分が彼女を追い出したがっている。彼を奪われるのを嫌がっている。
「本当の持ち主は?」
「今は言えない」
「じゃあ、君とルルーシュとの関係は?」
「それも言えない」
「それじゃあ、君にはここで降りてもらうしかなくなるけど?」
「それほどまでに独占したいか? 枢木スザク」
「……っ」
心を見透かされたような物言いに、思わず唇の端を噛んだ。
ルルーシュが握ってくれる手の力が少し強くなる。彼は自分を求めてくれている。
「……そうだ、と言えば?」
「面白い」
「それだけか?」
「いや、興味深い、かな?」
彼女とのやりとりは、こちらの心をささくれ立たせた。
常に浮かべられている薄い笑みがそう思わせるのだろう。そして、高い場所から見下ろしたような物言いも。
「お前にそいつを預けてもいい。好きにすればいいさ」
「じゃあ、お前は何のために」
「スザク」
激高しかけた自分を、ルルーシュが止めた。
「彼女は俺の事を知っている。連れて行って欲しい。俺が何なのかを知りたいのは、俺も同じなんだ」
「と、言う事だ」
そして彼女は自分達を気にする訳でもなく、そのままソファに横になった。
「私は適当に過ごしておく。ああ、食事も気にするな。ただそいつの近くにいれれば構わないんだ」
「――……食事くらいは、用意するよ」
「構うな。その方が私に取ってはありがたい」
ちら、と寄こされた視線は温度のない冷たいものだった。
彼女の方こそアンドロイドだと言われても納得してしまいそうだった。
「今は言う気はないんだね?」
「ああ、そう言っている」
「分かった。じゃあ、君はこの部屋に限り好きにして構わない。これでも一応軍用機だからね。余り動き回られれば困る」
「そいつがこれに乗っているのなら、私はそれで構わない」
そして、背もたれ側に寝返りを彼女は打った。
「私は寝る。さすがに少々疲れた。おやすみ」
「………」
何という自分勝手さだろう。
少々呆れたが、彼女が自分達に何かをするとも思えなかったし、自分達も彼女に対してなにかしようとは思えなかった。
このまま放っておくのが一番良いのだろう。
ルルーシュが握っている手は、いつの間にか強い力になっていた。
「ルルーシュ?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「何か思い出した?」
彼の記憶は物理フォーマットされている。そんな事はあり得ないのに尋ねてしまうのはあまりにも彼が人らしいからだ。そして、今まで喋っていた相手こそが人がましくなさ過ぎた。
「いや……すまない。何も。ただ」
「ただ?」
「俺は、どうやら不良品だったようだな。そんなものを掴まされてしまって、スザクには悪いと思っている」
「そんな事はない!」
「いや、すまない」
彼は俯きがちに、小さな声で告げる。
彼をいつまでも彼女と同じ部屋に居させるのは、少しばかり酷な気がした。
結局彼女は彼が欠陥品だとの事実を突き付けただけで、なにも解決はしてくれなかったのだ。
ただ、何かを知っている。それだけを匂わせて。
「一度、外に出ようか」
「いいのか?」
「外部ロックにする。――構わないね?」
彼女に問いかけると、応との返事があった。外部から鍵を掛けてしまえば、スザクの認証がなければ内側からは扉を開けることが出来ない。
彼女の了承があったのだから構うまい。
ルルーシュと共に部屋を出ると、掌紋認証で部屋をロックした。
「構わないの?」
「――今は、無理だろう」
彼女と話したくないのか? と彼の表情を伺うが、冴えない表情のままルルーシュは首を左右に振った。それよりどこかへ落ち着きたいと言うので、別室へ入る。
そこも掌紋認証で閉じる。
ランスロットは調整中だ。何かあれば直接通信機へ連絡が入るだろうし、自分の役割は今は別に何もない。ここにこもってしまっても大丈夫だった。
それよりも、ルルーシュが心配だった。
ひどく不安定になっている。
ゲストルームにはソファセットなどはない。まっすぐベッドへ向かい、座り込んだ彼の隣へ自分も座った。
「スザク……俺は、お前の事をマスターとは思っていない」
「…………」
「今まで黙っていて悪かった」
C.C.に聞いた後だったとは言え、心臓を突かれるような思いになった。
たったそれだけが自分達の間に横たわるものだと思っていたからだ。それしか自分は、ルルーシュと関わりあえるものがない。
「………そう。僕の独りよがりだったみたいだね」
思わず、苦笑が漏れた。
別に笑いたかった訳ではない。ただ、そういう表情しか取れない時だって存在するのだ。
「そういう訳じゃない。ただ……」
「ただ?」
「お前の傍にいたい、と思ってた事だけは事実だ」
「…………それって、どういう事?」
こくり、と息を飲む。
彼の声は沈んでいてそんな筈はないのに、喉が異常に乾いているのが分かる。
「スザク」
彼は、自分の名を今一度呼んだ。そして自分を見る。
そこに温度が宿っている事は、さすがに分かった。
ああ、どうしようかとスザクは思う。
彼の事が好きだ。そしてきっと、彼も同じ思いを抱いている。
ゆっくりと顔を近づけた。彼は逃げなかった。
唇を、そっと重ねる。
低い温度だった。知っている温度だった。好きな温度だった。
そのまま、一度唇を離せば追ってくるようにしてルルーシュからキスが送られた。
どちらも甘い、触れるだけのキスだ。
まるで慰め合うかのようなものだった。
心臓が痛む。このまま抱いてしまいたい衝動に駆られる。
だがそれは正しい事なのだろうか? 彼の弱味につけ込んでいるだけではないのだろうか?
「スザク」
だが、至近で名を呼ばれて意識が彼にだけ向かった。
そのまま抱きしめて、ベッドに倒れ込む。
「ごめん、ルルーシュ」
そして、そのまま首筋へと唇を寄せた。
衣服を片手ではぎ取ってゆく。彼はされるがままになっていた。いつかのように自分から仕掛けて来ようとはしない。
首筋に強く吸い付くと、赤い跡が残る。人となにも変わらない。なのに彼は作り物だと言うのだ。しかもそれを蔑んですらいる。
そんなもの、全て捨てさせてやりたかった。
執拗にはだけた場所を愛撫する。敏感にルルーシュは反応した。殺された声がもっととせがまれているようでぞくぞくとしたさせられる。
彼が人でないなんて、そんなことスザクは認めたくなかったし、多分一番そう思っているのはルルーシュなのだろうと思った。
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