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機械仕掛の恋12


 くったりと眠ったルルーシュの傍に座り、到着を待った。
 ゆっくりと眠れる程の距離はないのだ。もうまもなく帝都ペンドラゴンには到着するだろう。着陸態勢に入ればアナウンスが入る筈だ。
 それにしても、彼女は何者なのだろうか、とスザクは思う。
 ルルーシュの事を知ってはいる。だが持ち主ではない。
 秘められた事が多すぎて、推測すらも出来る余地がない。
 そして彼だってそうだ。彼は何者なのだろう?
 三原則がなく、マスター認識すらも存在しないアンドロイドなんてこの世に存在しても良いのだろうか。少なくとも法律上では規制されている。全てのアンドロイドは作成完了時に登録申請を行うのが義務だ。だが、それが全て守られている訳ではないこともまた知っていた。
 彼はそんな闇マーケットで作成されたと言うのだろうか? それにしては、出来が良すぎる気がした。それとも娼館などで働く女性の半分近くはセクサロイドだとも聞く。それ専用の技師でもいるのかもしれない。人と違う場所があれば萎えるのが人というものだ。それ専用だからこそ、より良い腕の技師がいるのかもしれない。
 だが、あのロイヤルカラーの瞳は――と、考え。
 娼館で抱きたいのならば、尚更高貴なものをと望む者も多いだろうと言う事にも気がついた。
 ただひとつ腑に落ちないのは、彼がいた場所だ。
 ラウンズの特権としてスザクは自由に出入りが出来るが、皇宮内にはそう簡単に人は入れない。貴族ですら下級のものだと身分証明をさせられもする。
 そんな場所に闇マーケットで流通するセクサロイドを捨てれるだろうか……?
 悩んでいても答えなど出はしなかった。
 ため息を落とし、良く眠るルルーシュの顔を見る。アンドロイドだから眠りは必要ないと言っていた。もしかして今も、彼は眠っているように見えるだけで起きているのだろうか?
「ルルーシュ?」
 小さな声で呼びかけてみる。
 しかし反応はない。
 人と同じように、規則正しく上下する胸は眠っているようにしか見えない。
 抱きしめて無茶苦茶にして自分だけを見て欲しかった。これからも未来永劫、ずっと。
 だけど、今はこの眠りを妨げる気になれない。
 自分がこれだけ傍にいても眠っていてくれることに安堵の気持ちも覚えているからだ。警戒心があれば、例え機械と言えどこのような無防備な姿は晒さないだろう。
「ルルーシュ」
 もう一度呼ぶ。優しく、心を込めて、愛おしく。
 彼が人間だったら良かった――なんて不毛な事を考える。
 本当に不毛だ。人ならばこんな関係は築けていなかっただろう。もしくは、出会えてすらいないだろう。偶然にあの場所を通りかかったのが自分で良かったと思う。
 他の誰かがルルーシュを独占していた可能性を考えただけで、胸を掻きむしりたいような気分になるのだから。だが、いずれ彼はどこかへ帰って行く。
 そんな日は来なければいいと再び思うしか出来なかった。
 やがて、着艦アナウンスが流れる。
 もう十分程度で基地へと到着するだろう。その際、ルルーシュは構わない。既に自分の所有との印があり、パスも発行されている。しかしあの少女はどうしたものだろうか。
 このままでは不法入国者扱いになってしまう。
 つい、ルルーシュにかまけてうっかりしてしまっていた。
 彼の元を離れるのはイヤだったけれども、放置しておけない問題だった。
 静かに席を立つと、部屋を出る。そして自分の部屋へと向かった。



「もう到着するのだな。案外近いな、ブリタニアは」
「アヴァロンを使ってるからね。通常なら三日はかかる」
「そうか」
 彼女が立っていたのは辺鄙な村も存在しないアフリカ大陸の端だった。果たしてそこから空路を用いたとしても、その空路のある街へ到着するまでに三日以上過ぎてしまうかもしれない。
「君は、ルルーシュと一緒にいたいの?」
「ああ、そう言っている」
「と言う事は、僕の家の客人と言う事で構わないね?」
「――?」
 彼女はわずかに首を傾げた。
「パスを発行しなければ、君は不法入国者だ。僕が手配するまで、身動きが取れない。それは理解して欲しい」
「ああ、そういう事か。構わない」
 彼女を自宅へ招く。余り、褒められた対応ではない上に、スザク自身も気が進まなかった。しかしもしルルーシュが起きていたら、それを歓迎しただろう。そう思い、彼女を客人として扱う事に決める。
「もう一度聞く。名前は?」
「C.C.」
「それでは、パスなど作れない。本名を教えてくれないか」
「――さあ、忘れてしまったよ」
 居丈高な物言いばかりをしていた彼女だったが、その時だけは何故か少しばかりの寂しさを含む響きがした。
 嘘ではない、と直感的に思った。
 彼女も記憶がないのだろうか? ――まさか。
「じゃあ、偽名でも構わない。何か名乗れそうな名前は?」
「そうだな。――ナナリー、でいいだろうか」
「ナナリー?」
 それは、ありふれたようでいて、気に掛かる名前だった。皇位継承権は低いものの、その名を持つ皇女が存在する。その皇女の住まいこそが、アリエス宮だった筈だ。
「それは趣味が悪いね」
「そうか? 私は結構気に入っている」
 まるで本人を知っているかのような口ぶりだった。だが、そんな事はありえない。
「ナナリー・ランペルージ。その名で頼む」
「………分かったよ」
 記憶の端っこがどこかでちくりと警告を発した。だがそれが良く分からないままに、彼女が立ち上がったため、四散してしまう。
「ルルーシュはどこにいる?」
「今は眠っている」
「まさか。あいつはセクサロイドだぞ?」
 笑いながら、彼女は言った。しかし。
「でも呼びかけても起きなかった」
「――そうか」
 その返事は、低く、何かを含む色合いを帯びていた。
 それが何なのかまでは、分からなかったけれども深刻なものであるのは確かなようだった。
「様子を見てくる」
「待って、眠ってるから」
「どうせもう到着する。起こさねばならないだろう?」
「そう、だけど」
「それが私であっても構うまい。部屋は――ああ、隣だな」
 それの意味する事が分かり、赤面する。
 どの部屋で自分達が交わっていたのかを、彼女は把握しているのだ。その隣だろうと簡単に目星を付けた。そこへたどり着くまでの思考を考えると、顔に血が昇るのを止める事は出来ない。
 そんなスザクを放って、彼女は部屋を出ようとする。だが、掌紋認証の掛かった部屋は彼女ひとりでは出る事が出来なかった。
「待って、僕も一緒じゃなきゃ行けないから」
「分かった」
 そしてロックを解除する。
 彼女ひとりを艦内で自由にさせる訳にはいかないから、丁度良かった。ルルーシュの眠る斜め向かいの部屋まで、一緒に歩く。
 話せば話す程、得体の知れない存在だった。
 だが、唯一の手掛かりでもあった。
 ルルーシュの部屋も、認証解除で扉を開く。彼女は先に歩き、良く眠っているルルーシュの横に立った。
 彼女の表情は、不思議だった。
 あれだけセクサロイドと蔑みながらも、彼を見る目はどこか優しい。
 見下ろし、そしてゆっくりと手を伸ばすと上下する胸の上に手のひらを広げて置いた。
「おい、ルルーシュ。もう到着だ、起きろ」
 決して大きな声ではなかった。
 だが、それでぱちりとルルーシュの目は見開かれる。
 グレイの光彩。本当はあの下には甘い紫が隠れているのにと思うと、急に悔しい思いになった。彼女は本来のルルーシュの姿の方を良く知っているのだろう。自分よりずっと彼の事を知っているのだろう。
 これは――ただの、嫉妬だ。
 格好悪い。
「C.C.? もう到着するのか?」
「ああ。お前達が好きにしている間に、アヴァロンとか言うこれは、頑張って飛行し続けていたらしい。後で礼を言っておけ」
「ああ……そうだな」
 どういう意味だろうか?
 良く分からないが、人とは違い目が覚めた瞬間から通常通りの動きを再開させたルルーシュはベッドから出ようとし、しかし自分が素っ裸な事に気付いたようで慌ててシーツにくるまった。
「C.C.、少し外してくれないか。俺は何も着ていない」
「今更。構わないだろう、どうせお前は機械なのだから」
「――そう、だが。羞恥心というものもやっかいながら持ち合わせている」
「そうか」
 と、彼女はおかしそうに笑った。
「分かった、後ろを向いている。どうやらこの部屋を出るにも枢木スザクの手を借りなければならないようだしな。それは面倒だ」
 彼女の言う通りだった。この部屋も入った瞬間にロックを掛けてある。
 常に彼女はひとつの部屋に閉じこめるようにしてあった。
「背中……まあ、仕方がないか。スザク、服を」
「あ、ああ」
 先ほどの部屋から持って来ていた服を手渡す。
 自分の前でも全裸を見せるのは気恥ずかしいのだろう。シーツの影に隠れて、一枚一枚を身につけてゆく。その方が余程いやらしくて、淫靡なのに彼はそれを分かっていない。
 着艦まで後三分を切った時点では、しかし欲情しても仕方がない。
 彼が着終えるまでを待ち、そして自分もC.C.に習って背中を向けていたが衣擦れの音ひとつにまで反応してしまって仕方がなかった。



 彼女の正式なパスが出来るまで、一日を要する事になった。ラウンズ特権を使用しても、それだ。彼女の身元を証明するものが何もないのだから、それは仕方のないことだった。
 基地内の一室に彼女は不満そうに残り、自分達は屋敷に戻る。
 報告は明日で構わないだろう、時刻は既に夕刻を遠に過ぎていた。女史はいるだろうが、今、顔を合わせたい気分でもない。それに、ルルーシュのことで何か分かれば執事に伝言があるか、もしくはメールでも届いているだろうと思った。
 自室へ引き上げ、端末を開く。
 残念なのだか、幸いなのだかは分からないが、女史からのメールはなかった。
 ルルーシュは、ソファに座ってそんな自分の事を見ていた。
 彼の目から見た自分は、さぞかし滑稽なのだろう――などと、思った。



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2011.6.13.
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