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機械仕掛の恋14


 翌朝、ノックの音で目が覚めた。
 まだぐっすり眠っているように見えるルルーシュを起こさないように気を付けながら、ゆっくりスザクは体を起こして扉を開ける。
 そこには執事が立っており、その背後にはC.C.がいた。
「すいません、客人が……どうしてもと」
「ああ、構わないよ。元から来る予定だったんだ、昨日中に伝えられなくてすまない」
 ここはラウンズの居宅だ。いったいどのようにしてC.C.がこうやって潜り込んで来たのかは分からなかったが、彼女は不満そうな顔で「ほらみろ」と執事へと悪態をつく。
「申し訳ありませんでした」
 理不尽だろうに執事は丁寧に頭を下げると、彼女を置いて部屋の前から去って行った。
 朝食の準備は為されているのだろうか。だとすれば、彼女の分を慌てて作るように、指示しに行ったのかもしれない。
 C.C.は扉の前に立つスザクをぐいと押しやると、部屋の中へ入ってくる。
 そして、眠っているルルーシュを見つけて、顔をほころばせた。
「眠っているのか?」
「ああ」
「昨日は、大変だったようだ」
「……どういう」
「ここで二人分の眠った後がある。――と、言うことはベッドは使えないのだろう?」
「…………」
 彼女の含み笑いに対し、どう返して良いのか分からない。全てお見通しな訳だから、もう逃げも隠れも出来ないだろう。
「まあ、そうだよ」
「良かったか、ルルーシュのヤツは」
「………黙秘するよ」
 そこまでプライベートを明かす必要はないだろう。だが、C.C.は笑ったままだった。
「こいつが起きないとはな」
 そして、笑みの種類が変わる。穏やかな笑みだった。
「どういう意味?」
「こいつはセクサロイドだと何度も言っているだろう? 本来なら眠りも必要なければ、体力も消耗しない。そして食事も必要ない。だが、今こいつは完全に眠っている。――賭に勝ったのは、私の方だったかな?」
「賭?」
 確かにそうだった。彼には眠りが必要ない。だが、今こうやって室内で普通のトーンより少し控えめではあるが、会話をしているのにルルーシュは起きないのだ。ぐっすりと眠り込んでいる。
 それに昨日の彼は這々の体だった。それもおかしな話だ。彼は本来それ専用のアンドロイドなのだから、どこまでも付き合えるのが本来の機能だろう。
「どこか、壊れたのか?」
「最初から壊れてるさ」
「そう言う意味じゃなくて」
 賭とは何だろう。問いかけには彼女は答えてくれなかった。
 彼女の言う「壊れている」は、既に聞いた内容だと分かっている。だから、それも解答には含まれない。
「壊れたと言うより、直ったのかもな」
「直った? この状態で?」
 セクサロイドの性能からはほど遠い。確かに昨晩、スザクを十分に満足させてくれたけれども、それは心の充足があったからこそのもので、例えば娼館などでは使えないレベルだっただろう。
 なのに、これが正常だと言うのだろうか。
「改めて聞くよ、君は一体何者なんだ? そしてルルーシュとどういう関係にあるんだい?」
「私は人形師」
 初めて、彼女は素直に答えた。
「ルルーシュを作ったのは私だ」
「え」
 技師というには、若すぎる。しかし彼女はきっぱりと言い切った。
「ただし、特殊な人形しか作らない。闇ルートにも乗らない」
「どういう……」
「まあ、それはこいつが目を覚ませばきっと分かるさ。ああ、もうコンタクトレンズも必要ない。あいつの目の色を出すには苦労したんだぞ? 隠さないでもらいたい」
「………皇室御用達、って訳じゃないよね?」
「違う。私は私のやりたい事しかしやしないさ」
「じゃあ、なんでセクサロイドなんて」
「今、一番人間に近い性能とボディを持っているのがそれだったからだ」
「――それだけ?」
「いや。他にも意味はあった。だがそれを言うのは野暮だろうな」
 と、寝室へ続くドアを彼女は見る。思わず赤面してしまうのを感じた。
 彼女が例え全て知っていたとしても、まだ年若い少女だ。そんな相手に自分達が到底人に言えない情事に耽っていたと示される事は、なんともいたたまれない。
「拾ったのがお前で良かった。感謝しているよ、枢木スザク」
「――それはもう、僕は用済みって事?」
「ああ、喜べ。解放してやるよ」
 く、っと手のひらを握った。今更彼を連れ戻そうと言うのだろうか?
 彼女の言い方では、まるで自分は利用されたかのように感じる。用済みになったからと言って、愛した相手を引き離されてはたまらない。
「それは困る。彼の所有は、現在僕だ」
「そんなものすぐに書き換えてやる、安心しろ」
「そういう意味じゃない。彼を愛してる、離したくない」
 彼女は一拍おいて、自分をじっくりと見た。
「――へえ」
 と、興味深そうに深い笑みを浮かべられる。
「本当に、賭には勝ったようだな」
「その賭ってなんなんだい? 気が悪いんだけど」
 声が心持ち大きくなっていた。彼女の態度に対し、腹を立てていたのも確かにある。だがそれ以上にルルーシュと引き離されるかもしれない現実を受け入れがたかった。
 せっかく昨晩、全てをお互いに受け入れ合ったのだ。
 彼も自分を好きだと言ってくれた。
 自分も彼に好きだと告げた。
 心を交換しあい、だからこそ睦み合う事が出来た。
 最初から好きだった――だけど、ここまで深く好きだと感じる事なんて今までに経験したことがない。決して彼が都合の良い相手だからではない。昨日のように手間が掛かろうとも、それでも好きだった。抱きたかったし、抱きしめていたいし、キスもしたいし、もっと言えば手を繋ぐだけでもいい。会話を交わすだけでもいい。近い場所にいてくれるだけで心が温まる。
「あいつは、限りなく人と近い存在として作っている。どこまで人に近づけられるかの実験だった。心までも人になれるかどうか――それを、賭けていた」
「どうして、そんな事を……」
「答える必要は感じられない。……ああ、でも安心しろ。あいつはお前しか知らない。今まで誰のものでもなかった存在だ」
「……っ、そんな事」
 別に、関係なかった。それよりもここまで巻き込んでおいて、今更関係ないはないだろう。
 そんな時に、もぞもぞと毛布が動いた。
 ルルーシュが起きたのだ。



「何故、お前がいる」
「――思い出せたか?」
「…………」
 ルルーシュは黙っていた。目の色が違う。輝きが違う。グレイのコンタクト越しでも分かる、今までと違う意志の雰囲気。
 明らかに彼は、C.C.を知っているようだった。
「リミッターは解除されたようだな」
「お前には関係がない筈だ」
「いいや、ある」
 声のトーンまでもが違う。
 まるで別人のようだった。
「スザク……すまない」
 彼は、ほんの少し瞳を揺らめかせて、自分を見た。
 ああ、とほっとした自分を感じる。別人のように見えたが、しかし違う。大丈夫だ。ルルーシュは、ルルーシュのままだった。
「なんで謝るんだい?」
「結果的にお前を利用したようになってしまった。――でも、昨日のことは、本当だから」
「うん、分かってるよ」
 極力優しい笑顔を浮かべて、彼に向き合う。心は通じたままだった。だから、安心が出来る。彼女の言葉に翻弄される必要はないように思えた。
「ありがとう」
 そして、彼は微笑む。
 心臓が引き絞られるかのような、切ない笑みだった。
 そこで急に恐れを抱く。たった今大丈夫だと思ったものが急に手のひらから失われてしまったような気がしたのだ。
 彼はいなくなる? ――まさか。
 ルルーシュは自分と共にいてくれる筈だと思っていた。だけど、その微笑みが切なすぎて別れを切り出されているように思えてしまう。
「ルルーシュ」
 焦り、名を呼んだ。
 彼ははっとしたような顔をしたかと思うと、視線をC.C.へ向ける。
「俺は、お前の言う通りにはならない」
「――ほう。本当に人間らしくなったじゃないか」
「そういう訳じゃない。ただ、スザクから離れるのはイヤだ」
「そういう訳だろう、人間らしいと言う事は」
 苦虫をかみつぶしたような顔をして、彼は彼女を見上げた。
「分かっている。だが、俺の役割は――」
「ストップだ。それは口にしてはいけない」
「僕には聞かせられない事、って事?」
 C.C.は振り向いて、無表情で頷く。
「そういう事だ」
 彼女の声は冷たかった。
 彼には一体、何の秘密があると言うのだろう?
 少なくともセクサロイドとして作られた訳じゃないと言う事だけは分かった。そして、持ち主は存在しないことも。
 ただ目的があって作られたものだと言う事だけは今のやりとりで分かる。
 それは自分からルルーシュを奪う種類のものだと言う事も。
「僕は、ルルーシュを手放す気はないよ」
「――スザク」
 感じ入った声で名を呼ばれ、自然と笑みが浮かぶ。
「ルルーシュ、好きだよ。ううん、愛してるよ。だから僕は君を手放さない。ずっと傍にいて欲しい」
「俺もだ、スザク」
 やりとりを聞き、C.C.は呆れたようにため息を落とす。
「そういう痒くなるやりとりは二人きりの時にしてくれ。それに――分かっているな? お前には役割がある。そういう訳に行かない事も知っている筈だ」
「なら、俺と同じ存在をもう一体作ればいい」
「それが成功するとは限らない。いや、失敗する確率の方が高いだろう」
 彼女は言い切った。
 そして、冷ややかな顔をして自分を見る。
「諦めてもらうぞ、枢木スザク」



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2011.6.16.
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