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機械仕掛の恋15


「イヤだ、と言えば? 僕とルルーシュが君の言葉に逆らえば、二対一だ。それに僕はラウンズでもある。余り使いたくはないけど、ラウンズ特権を用いて彼を自分の所有にすることだって出来る。それでも?」
「――頭が痛いな。そこまで頑固なのか」
 C.C.は表情をしかめて、自分を見る。
「訂正するよ、お前に拾われたのは失敗だった。こんな状況を望んでいた訳じゃない」
「誰だって同じだと思うけどね。――君はルルーシュに心を与えたかったんだろう? そこまでの情を注げば、誰だって手放せなくなる」
 言えば彼女もそうだろうと納得したのだろうか。視線を外し、小さく嘆息した。
「そう言う事だ、C.C.。俺の目を覚ますには愛情が必要だった。そもそもお前の作戦が破綻しているんだ。成功はしない」
 ルルーシュは言いながら、コンタクトを外す。
 もう彼自身も必要ないと思ったのだろうか。
 だがそれは、彼本来の役割のために必要な目の色だった筈だ。
 それを取り戻すと言う事は、どういうつもりなのだろう――?
「ルルーシュ、目は」
「構わない。俺は自分の目の色で困る事はない」
 やはり雰囲気は少し硬質なものに変わってしまっていた。
 だけど、自分への気持ちはしっかり感じ取る事が出来る。そのことに少しだけほっとする。
「どういう意味?」
「俺は自分の役割を果たす事が出来るだろう――だが、スザクの傍を離れるつもりもない」
「ルルーシュ!」
 前半分の言葉だけで、スザクは取り乱した。
 冷静に聞けば問題ない言葉だったのに、彼が去ってしまう事を懸念したのだ。
「スザク、大丈夫だ。俺はお前の傍から離れるつもりはない。だが、役割は果たす――それならば構わないだろう? C.C.」
「どうやるつもりだ?」
「簡単だ。ここから通えばいい」
「通う?」
 話が見えない。そう、元来の彼が作られた理由をまだ教えられていないのだ。それは教えるつもりがなさそうだった。しかし、そのままでいさせるつもりはなかった。
「C.C.、理由を話して。それによっては、今のルルーシュの案を検討出来るかもしれないだろう?」
「無理だな。そもそもどうやってここに居着くつもりだ? そして行き来するつもりなのだ?」
「なに。俺もラウンズになればいい」
「なっ」
「なにを」
 C.C.は笑ったが、あながち不可能ではない事かもしれなかった。
 彼がアンドロイドだと知る人間は少ない。ジノと女史のふたりだけだ。そして二人を押さえ込めば、彼程優秀な軍師も今のラウンズには存在しない。
「俺はスザクの為に軍師になろう。そして、ブリタニアの為に策を練る――それは元来の目的とはそう乖離していない筈だが?」
「――……っ」
 C.C.が初めて言い負かされたようだった。
 このルルーシュは頭が良い。元々機転の利く所はあったが、彼女の言うリミッターの外れた状態の彼は更にそれに磨きを掛け、頭脳が明晰になったようだった。
 彼女はルルーシュに勝てないだろう。そう思わせられる。
 下手に自分が口を挟まない方が良い気がしてきた。
「前代未聞だぞ、皇族がラウンズになるなど」
「だが、前例がなかったからと言って出来ないという基準はどこにもない」
「皇族?」
 聞き逃せない言葉が飛んだ。
 さすがに、口を挟んでしまう。
「ああ――構わないな、C.C.。これからも俺はスザクと共にいる。ならば隠してはおけない事だ」
「………」
 彼女は無言だった。それを肯定と捉え、ルルーシュは口を開く。
「俺はある皇族の代理として作られた。本人は行方知れず。――戦乱のエリア11で消息は消えたのだから、既に死亡している可能性がある」
「エリア11?!」
 自分の祖国だ。八年前、自分達の国は一瞬にしてブリタニアの領土と化してしまった。その中で消えた皇族がいたと言うのか?
「ああ、丁度来訪中だった、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニア。二人の幼い皇族は見捨てられたも同然だったが、幸いにも妹姫だけは救出された。だが、兄はいまだに行方不明のままだ。そのことにより、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは心のバランスを崩している」
「だから、その代わりが君だっていうの?」
「――そういう、事になる」
「誰の依頼?」
「それは……」
「皇帝陛下、直々のご指名だ。断っても良かったが、ナナリーとは良い友人になった。彼女を救えるのならばと思い、自分は自分の仕事をした」
「………まさか。ルルーシュが、皇族?」
「の、代理だ。まあセクサロイドが皇族だと誰かに知られれば大いに問題になる。そのバーコード、消させてもらうぞ」
「ああ。もう俺には必要のないものだ」
 なめらかな動き、なめらかな言葉、そしてなだらかな心。
 ここにいるのは、既に機械ではなかった。ひとりの青年に過ぎない。
 ソファの裏側に回ったC.C.はルルーシュの襟足の髪を掻き上げ、そこにあるバーコードを見遣る。唯一彼が機械と証明出来る外側のしるしだ。
 C.C.はどこから持って来たのか特殊な工具を用いて、それを焼き消した。肌の焼ける、嫌な匂いがした。痛みにだろう、ルルーシュも顔をしかめる。
「これで、ここにはやけどの跡しか残らない。それもじきに消える」
「そうか」
 あ、と思い出す。
 彼がアンドロイドだと知る人間は他にもいる。キャメロットの人間だ。
「待って、C.C.。キャメロットの人間は――」
「あいつらなら問題ない。黙っていてもらいたければこいつをたまに提供してやればいい――ラウンズになったとしたら、喜びすらするだろう」
 確かに、と思う。
 彼等なら、機械が人と同等に扱われたとしたら、その愉快さに笑いこそすれ、明かす事はしないだろうと思われた。
 それに彼が軍師として立つなら大歓迎だろう。
「君は? アリエス宮へと帰るの?」
 言葉は消沈したものになった。
 それは結果的にこの蜜月が終わる事を意味していたからだ。
 自分だけのルルーシュが失われてしまう。
「そういう事になるな。――だが、安心しろ。俺はお前のものだ、ずっと」
「だけど」
「ずっとアリエス宮に縛り付けになる訳でもない。第一俺はいつかには世間から姿を消さなければならない。成長をしないからな。青年のままでいれる間だけの問題だ。その間にナナリーを安心できる人間に預け、そして俺は姿を消す。今度こそ完全に。――スザク、それまで待てるか?」
 まっすぐに彼は自分を見た。
 ナナリーと呼んだ声には慈愛が溢れていた。
 本来の兄としての彼が、そんな風だったのだろう。
 時間は決して短いものではない。だが――
「待てるよ、ルルーシュ」
 すぐに消える気持ちでない事は、誰よりも自分が知っていた。
 だから、彼の気持ちに応える。
「それにラウンズになるのであれば、お前に会える機会も増える。大きな問題はないはずだ」
 C.C.は諦めたようにわざと大きくため息を落とした。
「分かったよ、お前達の好きにすればいい。私は目的さえ完遂出来れば構わない」
「C.C.!」
「理解してくれて、助かった。ありがとう」
「お前から礼を言われるのはむずがゆい。やめてくれ」
 そして、彼女はルルーシュの座るソファの端にどっかりと座り込んだ。およそ少女らしい風体に似合わない尊大さだ。
 ああ、言われてみればルルーシュと言う存在も尊大ではあった。リミッターの外れた今ならば、尚更だ。
「ねえ、彼は本当にこんな性格だったの?」
「八年が過ぎている。性格くらい変わるだろう」
「――ベースは君って事?」
「さあな。そこまで教える必要は感じられない」
「必要あるよ! 僕が好きになったのはルルーシュだ。それが君の性格なのだとすれば、僕はどうしたら……」
「ごちゃごちゃ煩いヤツだな。お前が好きなのはルルーシュなのだろう? ならばそれでいいじゃないか」
 言って、茶を要求してきた。
 三人分の紅茶と、そして朝食代わりになる軽くつまめるものを執事へと内線で連絡した。



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2011.6.18.
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