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機械仕掛の恋16


 その翌朝、スザクはルルーシュをサイドシートに乗せ、初めて彼と出会った場所にまで送り届けた。あの場所に捨て置かれた事は、もしもの可能性も視野にいれられていたからなのだそうだ。
 もしアリエス宮の人間が見つけた場合、そのまま宮内に入れただろう。
 記憶喪失になっていたとしても、問題はない。エリア11からこのブリタニアは遠い。そして戦乱の中を生き延びたのであればなんらかのトラブルがあったとしてもおかしくなかったからだ。
 また、アンドロイドだとバレた場合も問題は生じなかっただろうとルルーシュは語る。
 ルルーシュは所詮、駒に過ぎなかった。万一そこで醜聞になりかねないと判断され、処分されればそこまで。だがそうでない可能性にも賭けた。それでもナナリーの元へ届けさせる可能性だ。
 精神を病んでしまった彼女には、例え風体だけでも似た兄が傍にいれば心がやすらぐかもしれなかった。そして用が済めば処分してしまえば良い。
 なんとも酷い話だったが、所詮アンドロイドなんて人間の生み出した道具にすぎないと達観した言葉が彼の口からは紡がれた。それで十分なのだと言う。
 スザクのように、他の誰かが拾い心まで育ませる可能性については、実のところ殆ど考慮されていなかったのだと言う。そんな都合の良い話がある筈がない、無理だと――一番望む形ではあったが、諦めてもいたそうだ。
「だからスザク、お前には感謝している」
 サイドシートで彼は前を向いたまま、告げる。
 感謝されても、どうしようもない。しばし離れる事になってしまうのは確かな事なのだ。
 その寂寞感にスザクは支配されていた。
「もうすぐ、着くよ」
「ああ、ありがとう。おかげで正面から入る事が出来る」
 ラウンズであるスザクが付き添えば、ルルーシュがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである可能性は高まる。いや、スザクがそう言い切ってしまえば疑う余地はなくなる。それにルルーシュの頭脳には彼の十歳までのデータがしっかりと詰まっていた。それから先の不明だった八年間に関しては、彼の優秀な頭脳が全てつじつまを合わせて解決してしまうだろう。
 問題がなさ過ぎて、困った。
 そして、アリエス宮に到着してしまう。
 皇族の宮殿に連絡をせず訪れるのは本来非常識な出来事で、ラウンズであろうとまかり通る事ではない。
 しかし今回は緊急事態として取り扱った方が良いであろうとのルルーシュの判断で、先に連絡を入れる事はしなかった。見つけて、すぐに送り届けたと言う形が良いだろうとの事だったのだ。
 それにはスザクも頷けた。
 それにスザクはラウンズだ。全世界を飛び回っている。偶然にエリア11で彼を発見したとしてもなんらおかしな点はなかっただろう。ここ最近の公式情報ではスザクがエリア11に入った事はない事になっているし、実際入っていない。だけど、皇帝直属の騎士は極秘行動も頻繁に取る。
 調べられてもどこもおかしな事のない、完全な計画が成り立っていた。
「スザク」
 呼ばれて、彼を見る。
 まだ車内だ、皇宮敷地内には人気はまるでない。
 静かに、そのままキスを交わした。
 しばしの別れのキスだった。
 心臓が引き裂かれるように痛んだのは、決して自分だけではなかっただろう。



 ひとり自分の邸宅に戻れば、なんとも空疎な空間に逆戻りしていた。
 ルルーシュを送り届けている間にC.C.までもが姿を消していた。ひとりぼっちの自室は慣れたものの筈なのに、わずかな時間でルルーシュの気配をそこかしこに残し、自分を寂しくさせた。
 彼はラウンズになるだろう。そして、その上でここへ再び訪れる。
 だがあの蜜月だったような二人きりの濃密な時間が続く事は、当分ない。
 彼が成長しないのを不自然と思われる年齢はいくつだろうか? 少なくとも二、三年の話ではないだろう。すらりとした線の細さは少年を思わせたが、同時に青年の影も存在していた。
 最低でも五年は覚悟しなくてはいけないかもしれない。
 外見の変わらないように見える青年など、どこにでもいる。例えば自分だってそうだ。東洋系の血筋のせいか、幼い少年のままで成長が止まっているように周囲には見えるらしい。
 寂しいな、と思いながら、ソファに座った。
 今朝まで彼と眠っていたソファだ。ベッドはC.C.に占領されていた。
 ここに朝まであったあの低い体温は、しばらく手の届かないものになってしまった。
 心にぽっかり穴が空いたような空虚さはしばらく続くのだろうと思っていたが、その時に端末が音を立てメールの着信を告げた。
 機械的に立ち上がり、端末のスリープ状態を解くとメールを開封する。
 そこには女史より、件のセクサロイドについてとの連絡が入っていた。これ以上の詮索は無用、至急忘れるべし――と。
 全てを知っているとは彼女は知らないのだろう。
 ただ、彼が出て行き、そしてアリエス宮へと戻った。
 その連絡が回って来ただけに過ぎない。
 確認なんてしなければ良かったと思いながら、今度はソファではなく綺麗に整え直してある寝室のベッドへと倒れ込んだ。
 今日は特に用件も入っていない。
 目を閉じる。
 ルルーシュの事を思いながら、とろりと訪れた眠気に身を預ける事にした。



 それからの日々は淡々と過ぎて行くだけだった。
 休暇は長くはない。ラウンズとしての日々が再開する。
 再びEU戦線へ出立する事が決まったのは、ルルーシュがこの家を去ってから五日後の事だった。それまでの合間、スザクは家に居ることが出来ずイルバル宮で過ごす事が多かった。そこに居れば誰かしらラウンズと鉢合わせる事があるし、そうなれば軽く模擬戦を交わす事が出来る。
 そうでなくとも体を鍛えるためのジムだってあったし、キャメロットに顔を出し再び手を入れているランスロットの試乗を求められる事もあった。
 それなりに忙しく過ごし、頭を空っぽにして過ごしていく。
 だが眠るには家に帰るしかなく、そこにはやはりルルーシュはいないのだ。
 そこまで心奪われていたとは、と自分に向けて嘆息さえしていた。彼と一緒にいた期間は決して長くない。
 それでも、時間なんてものは関係ないのだ。
 深く深い場所まで浸透する相手というのは、出会ったその瞬間から分かるのかもしれない。
 短い時間でも十分に浸透してしまった。
 彼のいない時間は、無為に近かった。
 恋愛に振り回されるなど、少し前のスザクなら自分を許さなかっただろう。母国を取り戻すのが一番の目的で、それ以外などあってはいけなかったのだから。
 だが、今は違う。
 母国も大事だ。だが、自分の幸せも大事だった。
 今まで自分は何を失いながら生きて来たのだろうと感じた瞬間だった。
 出立の日は徐々に近付き、荷造りを開始する。とは言え、自分の荷物は簡単な衣服の替えだけだった。あの時のようにルルーシュの衣服を揃える必要はない。買い求めたものはクローゼットの奥深くに今も眠っている。異国から連れ戻ったばかりの少年が複数の衣服を持っているのは不自然だったから置いて行かれたのだ。
 いずれ、また着る機会があるからと言い、ルルーシュは置いて行ったのだ。
 それがいつになるかは、まだ分からないまま。遠すぎる未来を見るのは、スザクはやめることにしていた。
 心に負担を与える事は、今は厳しい。寂しさに耐える事だけで精一杯だった。
 そして出立の日がやってくる。
 現在のEU戦線は第二皇子シュナイゼルが指揮を執っているものの、膠着状態が続いている。
 有能と知れた彼でも手こずっているのが実情だ。
 EUは広い。それに長い歴史の中で、戦う事に慣れていた。
 だが、だからこそ押さえておかなければならない場所なのだ。ブリタニアとも近接している。攻め込まれる前に攻めるのは、この国の常套手段だった。
「おはよおー!」
 テンポの微妙な声で主任に挨拶され、こちらも朝の挨拶を送る。
「さて、ランスロットの調整も整ったし、出番だねえ、スザクくん」
「ですね。まあ、しばらく休めましたから丁度良いです」
「だね。じゃあ乗って待っててくれる? 僕らはもう少し準備があるから」
「まだ出来てなかったんですか?」
「いやぁ、ちょっと野暮用がね」
 と、ロイドは笑ったままくるりと振り返り、これまた奇妙なリズムで歩き始めた。
 笑い声はそのままだ。
 慣れたそれだが、しかし不可思議な人だなと思う気持ちが完全に消える訳ではない。
 まあ、先に乗艦していれば良いのだろう。
 部屋の準備を整えようと、アヴァロンのステップへと足を掛けた。
 そのまま慣れた艦内を歩く。自室にまず荷物を置き、その後でランスロットの様子を見て来ようと思った。
 掌紋認証で扉を開くと、圧搾された空気がプシュと音を立てる。
 部屋に一歩、足を踏み入れようとした。
 だが、その足は止まってしまった。



「ルルーシュ……?」
「よろしくお願いします、ナイト・オブ・セブン。私はナイト・オブ・イレブン。今回の指揮を勤める新しいラウンズとなる、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」
 恭しくそう告げると、彼は破顔する。
「待たせたな、スザク」
 自分は荷物をその場に落とし、そのまま彼の元へ駆け寄り強く抱きしめた。



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2011.6.19.
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