「どうして、あなたは分かってくれないんですか?」
と、バニーちゃんが言ってきたのが三十分前の事だ。
それからこんこんと説教が続いている。大体、何故こんないくつも年下の男にいつまでも叱られてなきゃいけないのかなーなどと思いながら、それでも虎徹は従ってしまっている。反論したら十倍で返ってくるので、途中からだまって「はい、はい」と頷いてばかりだ。
状況的には仕方のない事だった。
今日のヒーローTVでは銀行強盗犯の逮捕劇が中継されていた。そこへ颯爽と駆けつけたのが、自分達ヒーローだ。ポイント獲得に固執するでもない自分はそれでもかなり無理をして頑張っていたのだが、頑張りが明後日の方向に向くのもいつものことで、強盗犯には逃げられるし、ついでにビルの一角を崩してしまった。また賠償金が発生する。
そのフォローをしてくれたのがバーナビーな訳だけれども、毎度の事に彼もとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。嫌味のひとつふたつは今までもあったが、ここまで長時間うだうだ言われるのは始めての事だった。
「今後、行動は自重してください。むしろ動かないでください。僕が全部やりますから!」
とまで言って、それで満足したのだろう。
説教は終わった。
「はーい」
とふてくされて、返事するしかなかった。
それから一週間。
細かな事件は幾多と発生したが、どれも簡単に解決した。バーナビーに言われた通り、虎徹は余り動く事をしなかったし、おかげでポイントも獲得出来ていない。
市民を助けるのがヒーローの義務、と思っている虎徹にとってはなんとも煮え切らない日々だったが、どれも事件解決に向かう直前、「動かないでください!」と強い調子で言わるものだから、しぶしぶそれに従っていた。
実際、前回のビル破壊で危うく一般市民を巻き込んでしまうところだったのだ。従わざるを得ないと言った状況でもあった。
それでも、ストレスは溜まる。
目の前を犯人が通り過ぎて行くのを、おとなしく見守っていたり、本気をセーブして周囲を気にしながら逮捕に向かったり。
性に合わなさすぎる。
「なにやってるの、ワイルドタイガー。あなた最近、ぜんっぜんらしくないわね」
今日も無事犯人が逮捕されたところだった。
居合わせたブルーローズが、呆れた顔で自分を見て来る。
「やりたくてやってるわけじゃねーよ」
ふぃ、とそっぽをむいてふてくされた。
「おじさんのくせに拗ねないでよ」
肩をすくめて、彼女が笑う。笑われた事に更にふてくされた。
「で、なんだってそんなにらしくないの? まさかこの間の事、気に病んでるの? ――まさかね」
あはは、と彼女は笑う。現場破壊などで今まで反省を示した事がないからだ。
市民が守られたんだから、それでいい。それが虎徹の一貫した主義だった。
「まあな、この間は危うく一般市民巻き込むところだったし、それに……ブルーローズ、バニーちゃんが煩いんだよお」
「はぁ?」
「お前は動くな、僕が全部やりますからって言って俺動くの許してもらえねーの。もう、ストレス溜まりまくりよ。俺どうしたらいい?」
「どうしたらもこうしたらも……コンビでしょ? 好きにやってれば?」
相談に乗ってくれる気はないらしい。
「あ、やっぱりコールド」
「煩い」
「はぁ……やってらんねぇなあ……」
がっくり肩を落としたら、バーナビーから撤収すると呼びに来た。
「じゃあね〜」
ブルーローズが手を振って、今の話なんか全然知りませんよ、ってな顔をして見送る。
「何拗ねてるんですか、いい大人が格好悪い」
「煩ぇよ、何でもない!」
「はいはい」
なんだって自分の周りの子供たちは、こう自分を子供のような扱いをするのだろうか。なけなしのプライドが傷つく。
「まあ、今日も犯人は無事逮捕。損害賠償は無しです。良かったじゃないですか」
「はいはい」
「返事は一回と子供の頃、習いませんでしたか?」
「はーい」
サイドカーに乗りながら、そのまま帰投した。
上司であるロイズはここのところご機嫌だ。自分がおとなしくしている事で、無事バーナビーの引き立て役になっている上に、賠償金も発生していないからだろう。
だけど、世間はこんな簡単な事件ばかりじゃないのだ。
今のところはおとなしく出来ている。
市民に危害を加えるような犯人ではなかったからだ。単純に奪って逃げただけの強盗、駐車場に止めてあった車の盗難、時には飛び降り自殺の救出。
結構地味な事件が続いている。
もちろん、それら全てを抑えてこそのヒーローな訳だから、みんなは全力を出す。事件の大小など関係ないのだ。
それこそが、ヒーロー。
「あああああっ、くそっ!」
「なんですか、いきなり」
「ヒーローなんだぜ、ヒーロー! 俺は! 何やってんだよ俺。なんか全然ダメじゃねーか」
「あなたがおとなしい方が、上手く進んでいるとは思うのですが?」
「煩ぇ。俺がイヤなんだよ。納得出来ねー」
はぁ、とバーナビーがため息をつく。まだ理解していないのかとのニュアンスをまざまざと感じさせるためのため息だ。こいつは無言の嫌味もひどく上手い。
そこへ、腕のバンドが緊急事態を告げて来た。
「どうします?」
帰投の途中だ。まだ逮捕劇から一時間過ぎていない自分達は能力を発揮することが出来ない。
「どうするもこうするも、向かうに決まってんだろ!」
言ってる間に一時間は経過するだろう。ここで帰投する意味が分からない。自分達は、ヒーローなのだから。
はいはい、と呆たのか諦めたのか分からない返事をよこし、バーナビーはバイクをくるりとUターンさせた。交通法規違反。でもまあ、それくらいは許して欲しい。
幸いにもヒーロースーツは着用したままだった。
状況は最悪に近かった。
『ガスタンク上にネクストがいるわ。要求をのまなければ爆破するって』
アニエスの冷静な声が憎らしい。目視出来るのは、それ以上の状況だ。
小さな子供がネクストに抱きかかえられている。人質はガスタンクの爆発範囲内だけでなく、もっと即物的に目の前にいるのだ。
「僕と同じだね、稲妻をあやつるよ、あのネクスト」
先に到着していたドラゴンキッドがくっと唇を引き結んで見上げている。同じ能力で被害者を生み出すのが許せないのだろう。
つい先ほど、事件を片付けたばかりだ。他のヒーロー達も集まって来るのはすぐのことだった。
「おい、ヒーローども! お前達が手を出せばどうなるか分かってるな!」
良く響く声で、犯人が告げる。
「せめて子供を離せ!」
「いやだね」
きしし、と笑った顔で、見下ろしてくる。
「大事な人質だ、そう簡単に手放してたまるか」
「ちくしょう」
「熱くなりすぎないでください。それと、分かっていますね? あなたは動かないでくださいよ。ここで無茶をしたら被害は賠償どころじゃ済まないんですから」
「わぁってるよ!」
ここで能力を使っても、下手をすればガスタンクが壊れる。そこで引火する可能性もあるし、ここぞとばかりに敵のネクストが稲妻でも落とせば一貫の終わりだ。
だが、状況を目前に虎徹――ワイルドタイガーはじっとなどしていられなかった。
地団駄を踏みたい気持ちになる。
今までも色んな悪人を相手にしてきたが、こんな大規模な被害をもたらすものを人質に取られた事はない。
「スカイハイ、お前、飛ぶだけ飛んで子供だけでも連れて来いよ」
「それは私も思いました。でもそうすればきっとあの犯人はガスタンクを爆破しますよ」
正論だ。
その間に自分達が抑えに掛かればいいのだろうが、タイミングはひどく難しい。
なにより犯人が冷静な確信犯であることが事態をややこしくしていた。パニックでも起こしながら事件を起こしていれば隙などいくらでも生まれる。そんなものが欠片も存在しないのだ、今は。
じっとにらみ合って立ち会うしか出来ない。
「アニエス、敵の要求ってのはなんなんだ?」
『テロリストグループ幹部の解放と現金十億円。それと逃亡の為のヘリ一台よ』
「かーっ、欲張りだなぁ」
すぱん、と思わず自らの額に手を当てる。
「そんなもの、準備出来る訳ないじゃないですか。――そろそろ一時間ですよ」
「ああ」
バーナビーの言葉は、最後だけ虎徹に向けられたものだった。
そろそろ能力が使える。
だが、どうすればいいだろう。
自分ならどうする――? と考えても力任せの考えしか出てこない。
「ブルーローズの遠隔攻撃がこの際、一番効果的ですね。他の能力じゃガスタンクに被害をもたらします」
「わ、私?!」
急に名を呼ばれた彼女は狼狽する。
「無理無理、射程範囲外よ、あんなの」
「そこまでは彼が連れていってくれますよ。一瞬の出来事になるでしょうから、気を引き締めてください」
と、バーナビーは自分を指さす。
「え、俺?」
「もう能力使えるでしょう? 彼女を抱きかかえて、ジャンプしてください。注意はこちらが引きつけます」
「どうやって」
「まあ、要求に応じると説得と会話によるものが常套でしょうね」
「そんなもんで信用するかね。俺ら、ヒーローだぜ? 悪の片棒担ぐのなんてありえなくね?」
「まあ任せてください。あなたはブルーローズを頼みます。そしてブルーローズもよろしく」
「え、え、え、私このおじさんに抱きかかえられちゃうの?! ちょっとイメージ崩れちゃうんだけど!」
「じゃあ、自分で足場を作りますか? 時間が掛かるから相手にバレてしまいますが」
「………っ、もうっ、しょうがないわね」
「スカイハイはその隙に子供の救出を。他のヒーローは……」
「おいおい、何をお前が仕切ってんだ」
「だってここで手ぐすねを引いていても仕方ないでしょう。ろくな案はまだ出ていないようですし」
「――……」
おっしゃるとおりで。
結局、バーナビーの策を取るしかなかった。
「そんじゃあ頼むぜ、バニーちゃんよ」
「バーナビーです!」
「こんな時に細かい事言うなよ」
こそこそ喋っているのが気に障ったのだろうか。
ネクストが手に電撃を溜め始めている。
「なにやってやがる、ヒーローども!」
「なにも。あなたが懸念するような事などなにひとつありませんよ。ごらんの通り、我々には手を出す方策が何もありません」
「へぇ……俺、最強じゃん」
へへ、と彼は笑う。
「で、それじゃあ要求はのむって訳だな」
「そのつもりです。ただ、その後の事は分かりませんが」
言いながら、後ろ手で自分に彼は合図を送ってくる。軽く頷いて能力を発揮する。
ブルーローズをひったくるように抱きかかえると彼女はひどく驚いて首根っこにしがみついてきた。
「なにやってやがる!」
電撃が飛ばされるところだった。
その直前にブルーローズの氷の刃が男へ向かう。ガスタンクごと凍らせるマイナスの冷気だ。
「私の氷はちょっぴりコールド、あなたの心を……」
「おい、やべェっ!」
男の確保は出来ていなかった。彼女の氷をかろうじて避けていたのだ。
人質の子供はスカイハイが無事救出しているが、電撃がこちらへ向けて飛ばされようとしている。
「しっかり受け止めてもらえっ」
ブルーローズを下へ向けて放り投げる。下にはバーナビーがいる、大丈夫だろう。
空中を蹴る感覚で対空場所を変え、かろうじて電撃を避けた。
しかし、直後に痺れる感覚が全身を襲う。
「くそ……時間差攻撃なんてずりぃじゃねぇか……」
ずる、と自分の力が抜けていくのを感じた。
そのまま失墜していく感覚。
俺はバニーちゃんに受け止めてもらえるかなあと思いながら、強烈な電撃に意識を飛ばした。
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