「ふたり同時に受け止める事なんて、出来る訳ないでしょう」
すいませんの言葉もなしに、まずこれだ。
ヒーロースーツと能力発揮時の時だったために、あの高々度から落下しても虎徹は無事だった。
ただ、頭がくらくらする。
「お前ねえ、相棒として冷たすぎない? 冷たいのなんてブルーローズの氷だけで十分なんだよ」
「そういうバカな事を言ってる余裕があるなら大丈夫ですね。犯人は取り逃がしています。スカイハイが後を追っていますが、自分達は地道に道を行くしかないんです。さあ、早く」
「へいへい」
まだくわんくわんとする頭のまま、バーナビーの持ってきたバイクのサイドシートに座り込んだ。
「さすがにきついぞ、これ」
「自業自得です。あれくらい避けれなくてどうするんですか。ベテランヒーローでしょう?」
「……うっせえ」
ぼそっと呟く。ベテランとまで言われれば返す言葉がない。
実際、彼の作戦はある程度いいところまでいったのだ。ガスタンク爆破という最悪の事態は逃れた。犯人は逃走を続けているだけだ。スカイハイが追っているのであれば、問題はないだろう。
なにせ、彼は天然のくせしてキング・オブ・ヒーローなのだから。期待に応えない訳がない。
『位置情報を伝えるわ、トゥエルブストリートを南下中。現在、セントラルパークを越えたところよ』
「場所としては、その辺りで仕留めたいところだなあ」
セントラルパークを抜ければ、マンション街が広がる。そこまでたどり着いてはもらいたくなかった。
『スカイハイが懸命に足止めしてるわ。あなたたちも早く向かって!』
「向かってますよ!」
そして、バーナビーはアクセルを更に深く握り込む。
サイドカーの振動はかなりのもので、くらくらした頭に更に来た。
「お、おい…もうちょい丁寧な運転できねぇ?」
「犯人取り逃したいんですか?」
「――分かった」
と、しか言うより他にない。
マンション街に逃げられれば、せっかくガスタンクから排除出来たのにまた人質を取られてしまう。
疾走するバイクとサイドカーは犯人の後を追うようにトゥエルブストリートを南下していった。
相手は空も飛べるらしい。飛んだ上に電撃など、反則もいいところだ。
五分しか能力が持続しない上に一時間のブランクが必要な自分達とは雲泥の差がある。神様は不公平だなあと心の中で虎徹が愚痴ってる間に、セントラルパークが見えた。
他のヒーロー達も様々な交通手段を持っている。派手なブルーローズのトレーラーが一歩遅れて横付けされた。
「よくも投げてくれたわね、バカタイガー!」
「しょうがないだろ! それとも、一緒に電撃受けたかったのかよ」
ぷいっと彼女は聞く耳も持たず彼女はセントラルパークへ向かっていく。
スカイハイが戦闘を行っている音がする。無事食い止める事が出来たのだろう。
だが、今はふたりとも能力が発揮出来ない時間帯だ。
「なあ、どうする?」
「どうするもこうするも……と、言ったのはあなたですよ?」
「そりゃあそうだけど。今の今だからなあ。能力戻んねぇよ」
はぁ、とため息をついて頭の後ろで腕を組む。
ようやく頭がくらくらするのが治って来た。
「どうせ今行っても、足手まといと言う訳です。――あなたも分かってきたようですね」
どうしてこの男はこう上から目線なのだろう。
いーっと威嚇して、「分かってますーぅ」と言うと呆れた顔をされた。
「あなたの精神年齢、いくつですか」
「うっせえ!」
とにかく、一時間が経過するまで自分達はここで待機するしかないようだった。
なんとも不便な能力だ。
だけど、この能力を嫌ったことなど一度もなかった。
「おいおい、もうすぐ一時間過ぎるぜ」
「おかしいですね……」
セントラルパークでの逮捕中継はまだ入ってこない。
それほどまでに手こずっているのだろうか。まさか、あれだけのヒーローが揃っていて?
「ちょっと俺、様子見てくるわ」
「気を付けてください。まだ能力は戻らないんですからね」
「はいよ」
てっきる止めるかと思えば、あっさり見送ってくれた。
彼の行動は時々謎だ。それが面白くもあるのだけれども。
虎徹はなんだかんだ言いつつ、相棒のバーナビーの事を気に入っていた。ぶっきらぼうなところも辛辣なところも格好付けなところも、最初はなんて嫌味なヤツと思っていたのだが、よくよく考えれば彼はまだ子供だ。自分より遙かに年下だと思えば、全部がかわいらしく見える。
面白いものだった、視点ひとつ変えれば彼の行動が全て変わって見える。
嫌味ひとつも気に入ってるのだから、なんとなく笑えてくる。
茂みをくぐり、ようやく戦闘ポイントらしき付近に出た時に、しかし虎徹は戦慄することとなる。
倒れているブルーローズ、ドラゴンキッド。スカイハイは片膝を付き、ロックバイソンは自慢の角を片方折られている。
ファイアーエンブレムのみがなんとか対峙し、保っている状態だった。
「おい……なんだよ、これ」
そこまでの敵だったのか? 相手はたったひとりだ。二つの能力を兼ね備えているとは言え、飛行と電撃だけでは複数のヒーロー相手にここまで立ち回れる筈がない。
動揺して、がさっと茂みの音を立ててしまった。
反射的にマズイと思った。
ファイアーエンブレムがこちらへ意識を向ける。敵も同じだ。
「逃げなさい!」
まだ一時間過ぎていない事を知っているファイアーエンブレムがとっさに声を掛けたが、既に遅かった。彼が気をそらしたタイミングで敵は自分へ突進して来、自分を横抱きにしたまま飛行体勢に入ったからだ。
「どういう事ですか……これは」
「あたしにも良くわからないの――あの能力は異常よ」
唯一意識を正常に保っているファイアーエンブレムが、いつまで経っても戻って来ないワイルドタイガーに焦れてセントラルパーク内へ足を踏み入れたバーナビーに答える。
これはテレビには映せないだろう。ヒーロー側の完全敗北だ。
自分はもう一時間過ぎたから能力が使えるが、肝心の相手がいない。
同じく攫われた虎徹も能力が使えるはずだが、ここまでの戦闘をする相手にひとりで立ち向かうのは危険だと思われた。それでもやってしまいそうなところが不安を呼ぶ。
「アニエス、敵の場所は分かるのか?!」
『索敵中! 早すぎるのよ――スカイハイより早く飛ぶなんてあり得ないのに』
「なにもかもよ」
「え?」
ファイアーエンブレムが、告げる。
「何もかもが、あたしたちを上回ったわ。風、電撃、炎、氷、力。全部適わなかった。あたしより強い炎を出せるネクストなんて存在しない筈なのに」
「なんですか、それは?! 全ての能力が使える上に、全てがヒーローを凌駕する? ありえない!」
『事実よ。私も途中で番組を打ち切らざるを得なかった。――異常事態だわ』
アニエスの声が少し震えているように感じられるのは気のせいだろうか。
そんな能力者になど、出会った事がない。ネクストとしての常軌を逸している。
「無茶をしていないといいんだけれど……」
ワイルドタイガーの事だろう。
「なんだかあたしの勘なんだけど」
と、前置きをしてファイアーエンブレムが告げる。
「あたしたちの能力を吸収していった気がするの」
『はい?』
「え?」
綺麗にふたりの声がハモった。
「最初に、スカイハイとドラゴンキッドが向かって行ったの。そこで飛行能力があるって分かったのよ……それで、ガスタンクと子供を人質に取られた」
なるほど、と思う。そこでふたりの能力を吸収したとすれば、納得行く。
その後、セントラルパークでの戦闘が始まった後、ひとりと対戦するたびに使える能力が増えて行ったのだと言う。それも、倍加したくらいの強さで。
「そんなネクスト、ありですか……」
『あったみたいね。吸収かあ……』
迂闊に戦ってしまったこちらが負けだった。
虎徹もうっかり戦っては危険かもしれない。だが、その情報を彼は持っていない。それにあの無駄に熱血漢の彼の事だ。能力が戻ったと知れば、自力で脱出しようとするだろう。彼のダメージはいかほどになるだろうか。
ここに転がっているヒーロー達を見遣る。確実に意識を失っている者も多かった。
意識を失った虎徹が今度は人質となるだろうか――多分、その可能性は高い。
だが、あのヒーローとしての美意識の高い彼は自分を見捨てさせる事を選ぶだろう。
それは、許せなかった。
相棒としての失点はあり得ない。
気がつけば中空を舞っていて、虎徹はひどく驚いた。誰かに抱きかかえられている。しかしそれは知っているスカイハイの腕ではない。
そこで、記憶を取り戻した。
敵だ。
どうやら、拉致られた後、意識を失っていたらしい。
――くそっ、なんて失態。
しかし虎徹は頭を珍しく使っていた。力はぐったり抜いたままだ。意識を取り戻した事を相手に知られないように気遣っている。
しかし、自分が見たあれは事実だったのだろうか?
ファイアーエンブレム以外は全て倒れてしまっていた。あれだけ揃っていて、全滅に近いと言うのはどういう事だ? 何が起きている?
こいつは何者だ?
既に一時間は経過しただろう。自分の能力は使える。だが、この状態で迂闊に使わない方が良い方に思えた。なにせ、自分は空を飛べない。高々度から落下しても能力発動中ならどうにかなるが、飛んでいるのはマンション街の上空だ。被害を及ぼすのは目に見えている。
バーナビーはいつも、あなたはものを考えなさすぎると文句を言っているが、これでも虎徹だって考えているのだ。
このまま行けば、今度は自分が人質となる。それは避けたい選択だった。どこかに止まってくれるのを待つしかない。
位置情報はバンドが伝えてくれているだろう。ファイアーエンブレムとバーナビーは無傷だった筈。そこへ自分もいればなんとか数は揃う。
こいつが何者かは分からなかったけれども、それまで待つしかなさそうだった。
「位置情報は」
『ウエストビルディングに向かっているわ』
ここからだと、かなり距離がある上に直截向かえる道がない。せめてスカイハイが元気なら良かったのだが、間近へ近寄るとヒーロースーツが焼けこげていた。耐火に優れているとは言え、意識を失う程だ。期待は出来ないだろう。
「バイクで向かいます」
『よろしく』
アニエスとの通信が途絶えた。
「乗ってください、あなたはまだ戦えそうだ」
「いいの? え、いいの?」
「……なんでですか?」
妙に喜んだファイアーエンブレムに、バーナビーは怪訝な顔を向ける。
「だって、ここワイルドタイガーの指定席でしょ? あたしなんかが乗っちゃっていいのかしら」
「別に……指定席と言う訳じゃ……」
妙にくちごもってしまった。確かにこの席には彼しか乗った事がないのは事実だったからだ。
「怒られちゃったりして」
なんて言いながら、いそいそと彼は乗り込んできた。
なんとなく居心地の悪いものを感じる。ファイアーエンブレムが乗り込んだ場所は、確かにワイルドタイガーのものだったようだ。違和感を感じてしまうのだ。
だが、そうも言っていられなかった。
「飛ばしますから」
「わかったわ」
バーナビーはハンドルを捻り、エンジンをふかした。
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