犯人逮捕。
ブルーローズの氷が足下を固め、動けなくしてしまったのだ。
「私の氷はちょっぴりクール、あなたの悪事を完全ホールド」
決まった。
彼女は満足そうに笑っている。
しかしその背後で醜くやり合っているふたり組がいた。
「だから、あなたが勝手に動くから話がややこしくなったんでしょう」
「無事解決したんだから問題ねーじゃねえか」
「そういう問題ではありません! いつもいつも……尻ぬぐいに奔走させられるこちらの身にもなっていただきたいですね」
「別に頼んでる訳じゃねえしー」
ぎゃんぎゃんと吠えまくってるのはバーナビーの方だ。叱られている虎徹はどこ吹く風とばかりに流している。
「頼まれなくても、放っておく訳にはいかないじゃないですか。コンビなんだから責任は僕にも降りかかってくるんです。そこのところ良く理解しておいてください」
「へーい」
「なんですか、その返事」
「はいはい、分かりましたよ」
マスク越しだと言うのに、キツイ視線が虎徹には突き刺さっているだろうに、彼はやっぱりマイペースなままだ。バーナビーの怒りは更に増す。
「なんで…」
「はい、そこまで! いつまでやり合ってるのよみっともない。私の後ろで格好悪い事やめてくれる? 全部テレビに流れてるのよ?」
ブルーローズが仲裁に入ってきた。
そこで、はっとお互い気付く。今夜犯人を仕留めたのは彼女。完璧にポーズを決めていた後ろ側で自分達はやりあっていたのだ。電波に乗りまくりだ。
さすがに気まずくなって、黙り込んだ。何かを言いかけたバーナビーも口をつぐむ。
だが、お互いぷいと顔を背けあって、バイクへと向かった。
いつもならサイドカーに乗るのを確かめてからバイクは発進させるのに、体勢も整わない内から発進されてしまう。
「おい! 危ないだろうが!」
「さっさと乗り込まないあなたが悪いんです」
完全にさっきの喧嘩の続きの調子だった。仕返しらしい。
子供っぽい真似しやがって……と、虎徹はじろりと傍らのヒーロースーツをにらみつけた。
翌朝出勤すれば、すぐに虎徹はロイズの部屋へ呼び出された。
また説教か……と、朝イチからのこれは面倒だなあと思いながら、帽子を脱いで彼の部屋へ向かう。
席に座ったロイズは、やはり決して好意的とは捕らえられない目で自分をじろじろと見、
「掛けたまえ」
と、席を勧めて来た。
ここで座ってはいけない。話が長くなるだけだ。
「いえ、結構ですんで」
「そうか――ところで、どうして君はもっと自覚してくれないんだ?」
と、低い調子の声で問いかけて来た。
「ええっと……」
「あくまでも君はバーナビーの引き立て役として採用したと告げている筈だよ? なのに昨日の出来事はなんだね」
昨日は、銀行強盗犯の逃走を食い止める仕事だった。
先回りし、道路を陥没させ一時的に犯人達の足を止める事には成功した。だがしかし、すぐに横道にそれて逃げられてしまったのだ。位置選びがマズかった。
犯人は捕まえられないわ、更に賠償金も発生するわで、良いトコなしだったのだ、昨晩は。
「君のために今まで払った賠償金額を教えようか?」
と、語り始めようとしたのを、慌てて虎徹は止める。
「わかりましたすいません!」
「そう、わかってくれればいいんだ。いいね? 君はあくまでバーナビーの引き立て役! 目立とうとしなくていいんだ」
と言われ、なんとか長引きそうな話を気持ち良く返事することで切り上げ、退出する事が出来た。
別に目立ちたくてやってる訳じゃない、とひとりごちながら、自分のデスクに戻るとバーナビーが冷たい視線で待っている。
「なんだよ、バニーちゃん」
「バーナビーです。ちゃんと理解してきましたか?」
「ああっ、お前告げ口しやがったな! 言いたい事あるんなら、直截言えよ!」
朝イチの呼び出しは、さてはバーナビーの報告という名の告げ口からだったのだろう。なるほどと納得すると共に、やり方が汚ぇぞ、と思う。
「言ってるじゃないですか。でも聞き入れないのはあなたです」
「うーん、まあ結果的にはそうなっちゃってるかなー。でも、上に直截言うなんて卑怯だぞ」
確かに彼の言う事を守った事は少ない。でもだけど、と思うのだ。
「そんな事言ってませんよ。目に余ったんじゃないですか、あなたの行動が。あくまで僕の引き立て役なんでしょう? クビになんかならないでくださいよ」
まあ、クビになったところで構いませんが――と、言い放ち、彼は自分の仕事に戻って行った。
どうやら告げ口された訳ではないらしい。だが二重の説教は応える。 ふてくされて虎徹は椅子に座ったまま頭の後ろで両手を組み、天井を見上げた。
なんだって俺ばっかり……とは思うが、確かに能力的に被害が発生するのは虎徹とバーナビーが圧倒的に多いのだ。そこをバーナビーは上手くコントロールしている。いや、冷静に対処している。
冷徹人間、コールドなのはブルーローズじゃなくこいつだ、などと心の中でぼそっとつぶやいて、仕事もやる気になれないながらも仕方なしに仕事をする事にした。
些事はいろいろと積み重なっているのだ。きちんとマメにこなしておかないと、ひどい目に合う。
もっとも毎回ひどい目には合っているのだけれど。
今取り出した書類は、一ヶ月も前の始末書だった。
結局今日は事件らしい事件も起こらず、面倒なデスクワークに追われる一日だった。
正直向いてない。腰がいたい。
おじさんだからねーなどと思いながら、ちらっと横を見れば冷静にバーナビーは新聞など読んでいる。
「お前、仕事しろよ」
「もう終わってますよ。どこかのおじさんみたいに溜め込んだりしませんから」
「ぐ……」
この、と思うが何も返せない。
仕方ないと思い、またデスクワークに戻る。
定時になって、ようやく解放された。いつ呼び出しが掛かるか分からないヒーローは、残業というものが存在しない。
いや、しようと思えば出来る。だが虎徹は絶対にしない。
だから書類も溜まっていくのだけれども、この点については反省もなにもなかった。
久しぶりに娘の顔が見たいなあ、などと思いながら歩いていたら、実家の方向へ足は向いていた。
体は正直なものだ。朝から面倒なことを言われて、くさった気持ちもまだ残っている。まあたまには顔を出してもいいかなと思い、そのまま進む事にした。
ジェイドストリートを南下する。久しぶりの道だった。見知らぬ店が出来ていたり、逆になくなってしまった店もある。
このストリートは店舗の入れ替わりが激しい。
娘へのおみやげに花でも買うかな、と思ったが、知っていた花屋はパブに衣装替えしていた。
「困ったな……」
手ぶらで帰るのもどうかなと思いながら、周囲を見回す。すると、ちょうど良い場所に洋菓子店があった。ケーキならどうだろうか。年頃だから太ると言い出しそうだが、甘いものは大好きな筈だ。
うん、とひとつ頷いて満足な気持ちになった。
その時、短い悲鳴が上がった。
反射的に声の源を探す。
すると、背後数メートルの場所で女性が喉元に刃物を突き付けられていた――イヤ、違う。ネクストだ。
淡い青の燐光が男の体からは発せられている。
と、言うことは持ち手の見えないあの刃物は彼の体の一部。そのまま男は腕を引き、女性の首を掻き切った。
「やめろ!!!」
遅かった。
血しぶきが飛び、女性はその場に倒れ落ちる。
男はそれだけで済ます気はないようだった。通り魔的に夕暮れ時の人並みを、刃物で切り付け続ける。あちこちで悲鳴が上がる。血の匂いが濃くなる。
「ちくしょう……あいつ、許せねぇ!」
スーツはなかった。だがあれは補佐的なものだ。自分の能力は、自分の体に宿っている。
気合いを入れると、ハンドレッドパワーが発動した。常人の百倍の速度で男を追い、そして締め上げる。
「……ってえっ!」
刃物が腹に刺さる感覚。
「何者だ、お前」
「お前と同じ、ネクストさ」
そして拳をたたき込もうとした。すると目の前で無防備に晒されていた胸元から刃物が次々と生え出す。
「――嘘、そんな能力アリ?」
全身、どうやら刃物に変化出来る能力のようだった。こうなるとヒーロースーツのない自分は結構辛い。
肉弾戦がこちらの武器だからだ。
「ま、いっか」
腹から血がどくどく出ている。
でもその程度、今までの戦闘で慣れっこだ。差程深い傷でないことも分かっていた。
改めてパンチを繰り出す。百倍のパワーは刃を折る事が出来るだろう。
パリンパリンと音をさせて、確かに刃は折れた。虎徹の拳を傷だらけにして。
しかし、また同じ場所から刃が生まれ出す。
「切りねぇぜ、これ…っ」
隙を狙って蹴りを入れる。それは上手く決まったものの、その反撃として胸元へ刃だらけの拳が飛んできた。
「あ……っぶねっ!」
間一髪で避ける。
あんなものが決まれば一発昇天だ。
「同じネクストなら、何故戦う?」
男が問いかけてきた。
「そりゃあ、一般市民の皆様を害されることがあっちゃあね」
「ヒーローでもあるまいに、何を言ってるんだ。我々ネクストは人を越えた存在。人間など下等な生物は好きにしても構わないんだよ」
「――なんだと、もう一回言ってみろ」
思わず、地を這うような低い声になっていた。
「我々の方が高等な種族だと、そう言ったんだ」
「……――言ってろ、このマジキチが!」
どうやら相当いかれた御仁のようだった。
ネクストなど異端者にしか過ぎない。
人に受け入れてもらわなくては生きていけない、特異能力保持者なのだ。
この能力を持って生まれて、恨んだ事もあった。だが、人を守るために使うと決めた時から嫌った事は一度たりともない。
「よっしゃ、かかって来いよ、キ●ガイ君!」
男はむっとしたようだった。そして全身に刃を生やして、突進してくる。
その刃を全て叩き折り、投げて地面に叩きつける。 これで終わりかと思った瞬間、時間が来た。五分終了。タイミングばっちしだった。 そして、腕に巻いたバンドで通り魔犯犯人確保を伝えようと思った時だった。
背中に衝撃が来る。
「うそ……てめぇ、まだ動けんのかよ……っ」
ずる、と体が崩れた。背中と言っても、脇に近い。致命傷ではない。だが動けない。
通信は繋がっていた。
虎徹の左手を持ち上げ、男はさも面白そうに笑う。
『あなた……誰? わ……彼は、無事なの?!』
ヒーロー出動要請は出ていない。と言う事は、ワイルドタイガーはヒーロースーツを着ていない可能性が高いと踏んだのだろう。
冷静を装って、彼女は「彼」と呼びかけた。
「私はネクストの神。これから先を全世界に放送しろ!」
『なに?!』
「男がどうなってもいいのか? もう虫の息だがな」
と言い、血に染まった自らの刃を彼はアニエスへ見せつけた。
『………っ! ――分かったわ、何?』
「全世界のネクストに告ぐ。我々は人間より上位に位置する種族。息を潜め生きるべきではない! 人間を支配するべきである。我に賛同したものは、セントラルパークへ集合せよ。決起しようではないか!」
高らかに告げると、彼は満足そうにアニエスへ向かって笑った。
「無事事が済めば、男は帰してやるよ」
そして、虎徹の顔を映す。アニエスの言葉を待たずぷつんと通信を切った。
緊張の糸が切れたのか、そのまま虎徹の意識はブラックアウトしていった。
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